Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Mar. 2017:B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―(第1回/全8回)

ひとつ予言をしましょう.今年2017年のノーベル物理学賞は「重力波の直接観測」に対して与えられます.さぁ,10月の発表をお楽しみに!

1. B-Pとシャーロック・ホームズ

B-P祭がありました.この機会に『Scouting for Boys』を読んだスカウトはいたでしょうか?

このB-Pの著作は,言わずと知れたボーイスカウトの原点=原典です.109年前の1908年に出版されましたが,今でも大変面白く読めます.現代の我々にとっても魅力的な部分は,時代や地域を超えて普遍的に重要な記述になっている可能性が高い.ということは『Scouting for Boys』には,109年前のイギリスの少年にとっても,コンピュータやGPSなどの便利な道具に囲まれた21世紀の日本の少年にとっても,変わること無く大切なことがたくさん書かれていると言えます.

この本の中でB-Pは,アーサー・コナン・ドイルの小説の主人公シャーロック・ホームズのことを書いています.それは,「観察」と「推論」の重要性を説明する中で出てきます.英語ではobservation(観察)とdeduction(推論)です(『Scouting for Boys』の原典は,カナダ連盟のThe Dumpというホームページに無料のpdfとしてupされています.このpdf上で,"observation"あるいは"deduction"を検索してみてください.ちなみにこのサイトには,ボーイスカウト関連書籍のpdfが豊富にupされています.もちろん英語ですが).

スカウトの皆も良く知っている通り,ホームズは,現場を良く観察し深く推論することで事件を解決します(ホームズを知らない人は,青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を思い出してもらっても良いです).このような事件の解決法のことを,「推理(reasoning)」といいます.推理は観察と推論の2つから出来ている.そして,ホームズのような探偵(detective)が事件を解決する小説のことを「推理小説(detective story,探偵小説)」と呼ぶのです.

『Scouting for Boys』の中でB-Pは,観察力と推論力を実践(practice)によって修得するべきだと書いています.具体的に言えば,キムスゲームや追跡ハイク(tracking, trail)などです.スカウトの皆はこれらのゲームを通して,観察力や推論力のトレーニングをしているのです.

2017年1月のBSスキー訓練では夜プロで10円玉探しゲームをしましたが,あれも観察力を養うのが目的でした.

B-Pは,スカウト達がボーイスカウト活動を通じて,自然の中で起こっていることをホームズのごとく推理出来るようになることを良しとしたのです.なぜなら,自然を舞台にした実践によって鍛えた観察力・推論力・推理力は,より良き市民(citizen)になるために役立つと考えたからです.

以下ではB-Pが以上のように考えた理由について私が思うことを散りばめながら,観察や推論について書いていきます.書いていてあまりに長くなってしまったので,さくらには全8回に分けて載せます(第8回が載るさくら10月号が出るのは,ノーベル物理学賞発表のタイミングとほぼ同時だと思われます).

スカウトの皆には,観察と推論が,どんな状況でどのようにして役立つのかに着目して読んで欲しい.それと同時に,先月のさくら2017年2月号で書いた理論と実践の話の続きとして読んでもらえると尚良いと思います.そして,B-Pの言いたかったことは何なのか,自分なりに考えてみてください.

2. ホームズの科学捜査

19世紀後半にコナン・ドイルが「ホームズシリーズ」を発表したとき,現実の警察は犯罪捜査をもっぱら目撃情報と自白に頼っていましたが,それに対して我らがホームズは「科学捜査」を行いました.現代の我々にとって,現場に残された凶器や指紋や足跡から犯人を推定する科学捜査は当たり前のものに映ります.

しかし実は,19世紀後半あるいは20世紀初頭においても,科学捜査は当たり前のことではなかったのです.

歴史的には,ホームズシリーズを始めとした推理小説が,現実に先行して科学捜査を描きました.イギリス警察その他の捜査組織は,ホームズなどのフィクションを真似して科学捜査という方法を確立していったのです.

例えばエジプトの警察では,一時期ホームズシリーズを教科書として採用していたそうです.

例えば科学捜査の父と言われるフランスのエドモンド・ロカールは,20世紀の初めに警察内に初の科学捜査研究所を設立しましたが,そのときにホームズのやり方を参考にしています.彼はホームズのファンだったのです.

例えばクリント・イーストウッド監督の,アメリカのFBI初代長官ジョン・エドガー・フーヴァーを描いた映画『J・エドガー』を観た人なら,科学捜査を導入しようとするエドガーが同僚に「ホームズの真似事か」と揶揄されるシーンを思い出すでしょう.

以上のことから分かる通り,観察力と推論力を駆使して科学的に推理を行うホームズという架空のキャラクターは,現実の警察よりも先に進んだ存在だったのです.

『Scouting for Boys』は1908年出版です.この時点で,自然を舞台にしたボーイスカウト活動を通じてホームズのような能力を少年に身につけさせることができると考え,またそれが良き市民になるために役立つことを見抜いたB-Pの洞察は,実に慧眼だったと言えます.

ところで,ホームズの容姿が痩せ身・高身長(183cm以上)・鷲鼻で角張った顎だということが,1887年の第1作『緋色の研究』に書かれています.コナン・ドイルは,尖った鼻のインディアンとしてホームズをイメージしていたそうです.

B-Pが斥候(patrol)として活躍したのは主にインドや南アフリカでした.それらの場所に住むズールー族などの能力に感銘を受け,後のスカウティングのヒントにしたことはよく知られていますが,北アメリカの原住民であるインディアンもまた優れた斥候能力を持っていました.最近では,アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画『レヴェナント』が,インディアンの斥候能力・ガイド能力・サバイバル能力を魅力的に描いています.

ちなみに斥候とは,軍隊が移動予定の場所を前もって偵察する役目,あるいはその役目を持った軍人のことを指します.「偵察」という熟語は,探偵の「偵」と観察の「察」から出来ています.なるほど,という感じですね.

ホームズがコナン・ドイルによってインディアンのイメージで描かれていたことと,B-Pがホームズおよびズールー族をスカウトが目指すべきイメージとして本に書いたことは,偶然の一致ではないのかもしれません.B-Pの中では(そしてもしかしたらコナン・ドイルの中でも),ホームズの科学捜査とズールー族の能力(やインディアンの斥候能力)はどちらも,優れた観察力と推論力が両方揃って成立する「推理」であるという点で,同じイメージで捉えられていたのではないでしょうか.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要