Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Jun. 2017:B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―(第4回/全8回)

6. 論理=演繹=推論と幾何学

ニュートンは科学者ですが,もっと正確に言うと彼は物理学者でした.

物理学が他の科学とどう違うのか,ちゃんと説明するのは難しいのですが,1つには数学が果たす役割が決定的に大きいことが挙げられます.そこで,物理学の話の前に,数学の話を少ししたいと思います.

既に述べたことの繰り返しですが,『Scouting for Boys』の中でB-Pが言ったように,スカウトにとって観察力と推論力を磨くことはとても大切なことです.そしてこの2つの能力は,良き市民にとっても,ホームズのような探偵にとっても,ズールー族にとっても,インディアンの斥候にとっても,映画好きにとっても,医者にとっても,そして科学者にとっても大切なのでした(何度か示唆しているように,観察=実践,推論=理論,と対応付けると,これは理論と実践の問題でもあります).

それでは,物理学者にとっての推論とはどのようなものなのでしょうか?

そのことを考えるためには,「推論」という言葉をB-Pが英語で何と書いているかが手がかりになります.推論は英語で"deduction"でした.この単語を英和辞典で調べてみてください."deduction"には「演繹」という意味があることが分かります.演繹という言葉は馴染みの無いスカウトが多いかもしれません.ごく短く言えば,演繹とは「論理的推論」のことです.

と,言われても良く分からないと思うので,具体例を使って簡単に説明しましょう.論理的推論とは例えば次のようなものです.

  • 前提1:スカウトは誠実である.
  • 前提2:誠実な人は幸せになれる.
  • ⇒結論:スカウトは幸せになれる.

これは三段論法と呼ばれるものです.前提1と前提2が正しいと仮定した場合,三段論法における結論は絶対に正しくなります(本当は,もう少し込み入った話が論理学の世界にはありますが,ここでは詳しく説明しません).ただし,前提1と前提2が正しい保障はありません.

次の例はどうでしょうか?

  • 前提1:スカウトは花嫁である.
  • 前提2:花嫁は幸せになれる.
  • ⇒結論:スカウトは幸せになれる.

この推論は論理的に正しいでしょうか? …正しいのです.「スカウトは花嫁である」が正しいとは限らないと思うかもしれませんが,三段論法はあくまで前提1と前提2が正しいと仮定した場合に,その2つの前提を組み合わせて正しい結論を導く,というものです.前提1と前提2が正しいかどうかは,三段論法という論理的推論の正しさにおいては問われていないのです.

三段論法をもっと抽象的に書くと,次のようになります.

  • 前提1:AはBである.
  • 前提2:BはCである.
  • ⇒結論:AはCである.

このA, B, Cの中に具体的に何が入ったとしても,三段論法自体は正しいのです.

したがって,次のような例も論理的推論としては正しいということになります.

  • 前提1:スカウトは爆発である.
  • 前提2:爆発は美味しい.
  • ⇒結論:スカウトは美味しい.

以上で簡単に説明した三段論法は「演繹」あるいは「論理的推論」の1つの例ですが,多くの人にとって演繹とはほとんど三段論法のことだといっても良いでしょう.

それでは,スカウトの皆がこの演繹(≒三段論法)を一番「きっちり」実践するのはどのようなときでしょうか? おそらく多くのスカウトにとって,それは算数・数学の問題を解くときだと思います.

「数学とは何か?」ということに答えること自体,数学あるいは哲学上の大問題ですが,ここでは「いくつかの前提があるときにそれら前提に対して演繹を行い,様々な結論を導いていったときの,その前提と結論および使った演繹を全部集めたもの全体のこと」と言っておきましょう.

数学における前提は「公理」と呼ばれます.演繹は,中学生以上のスカウトなら「証明」と呼ばれることを知っているでしょう.そして,結論は「定理」と呼ばれます.これらの言葉を使えば,数学とは「いくつかの公理を最初に決め,それらの公理から出発してたくさんの定理を証明すること」と言えます(ただし,数学者は後から公理を変更するということもやります).

これもイメージを持ってもらうため,具体例を挙げましょう.紀元前3世紀の数学者ユークリッドによって完成されたと言われる「ユークリッド幾何学」です.小学校や中学校では「図形」という名前で呼ばれているかもしれません.

このユークリッド幾何学の公理は,以下の5つです(ただし,ユークリッドの書いた『原論』では,これらは公理ではなく公準と呼ばれていました).

  • 公理1:点と点を直線で結ぶ事が出来る.
  • 公理2:線分は両側に延長して直線に出来る.
  • 公理3:1点を中心にして任意の半径の円を描く事が出来る.
  • 公理4:全ての直角は等しい角度である.
  • 公理5:1つの直線が2つの直線に交わり,同じ側の内角の和を2つの直角より小さくするならば,この2つの直線は限りなく延長されると,2つの直角より小さい角のある側において交わる.

中学生以上のスカウトの皆が学校で学ぶ,例えば三角形の合同についての定理などの幾何学の定理(図形の定理)は,この5つの公理(前提)だけから出発して証明されます.そのようにしてたくさんの定理を上の5つの公理だけからどんどん証明していくと,図形についての知識がどんどん増えていきます.そのような知識全体が幾何学とか図形とか呼ばれる数学(の1ジャンル)なのです.

数学の授業や問題集で,皆さんは何度もこのような証明を教わったり自分でやってみたりしていると思います.それはつまり,数学の図形という世界で証明=演繹=推論のトレーニングをしているということなのです.

ところで,上の5つの公理のうち,最後の公理5は他の4つの公理に比べて少し長いですね.何を言っているのかも分かりにくい.正確さを犠牲にして公理5を言い換えると,「2つの直線は平行なら交わらないけど,平行でないなら必ず交わる」となります.

これを皆さん「当たり前」だと思うでしょうか?

そう,数学の歴史において,ユークリッド幾何学におけるこの「平行線公理(平行線公準)」の問題は,2,000年以上に渡り数学者の議論の対象となってきました.つまり,公理5は実は公理ではなく,公理1から公理4だけを使って導ける定理なのではないか? という議論です.ここでその話を全てすることは出来ませんが,1つ重要なことを,そしておそらく多くのスカウトとってはショッキングなことを言っておきましょう.

平行線が交わっても別にいいのです.

誤解無きよう急いで付け加えると,スカウトの皆が中学・高校で習う幾何学(図形)においては,平行線はもちろん交わりません.ここで言っているのは,もう少し正確に言うと,「平行線が交わるような幾何学を考えることが出来る」ということです.そして,そのような幾何学は突拍子もないようなものではありません.我々の周りに溢れています.

例えば地球儀の上の幾何学がそうです.ボーイスカウトで使う地図は平らな紙の上に印刷されています.このような平面上の幾何学(図形)を考える分には,平行線は確かに交わりません.しかし,皆も知っている通り,地球は平面ではなく球体です.そして,球体上の(つまり地球上の)平行線は交わるのです.

嘘だと思ったら,経線(経度線,子午線)が書き込まれている地球儀を見てください.たしかに北極と南極で経線が交わっています(緯線,緯度線は交わっていないじゃないか! と思ったスカウトは鋭い! これについては,説明がさらに長くなるので勉強会等で訊いてください).

逆に言えば,本当は(地)球面上に存在する我々の世界を平面上で表現するときに,地図はある種のごまかしを行っているのです.2016年3月号のさくらで渋川春海や伊能忠敬を紹介したとき,

「大学レベルの数学を使った球面三角法というのもあって,地球が丸いことを考慮した測量が出来ます」
と書きました.この球面三角法が,ごまかし無しに球面上の幾何学を考える方法の1つなのです.

以上のことをまとめると,こういうことです.

B-Pも重視した推論=演繹(deduction)は,物理学者にとっても大切です.そして,この推論=演繹を最も純粋に実践する学問として,(論理学と)数学があります.数学における推論=演繹は純粋なので,我々人間の日常的な観察に囚われることなく自由に論理が展開されます.

例えば,「スカウトは爆発である」という,日常的な観察に照らすと意味不明な文章も,その意味不明さをいったん括弧に入れて論理を展開することが出来ます.

あるいは,「平行線は交わる」という,これまた日常的な観察からすればおかしい前提(公理)を元に数学(幾何学)を作ることが出来ます(もちろん,(地)球面上に我々は存在しているということを考慮に入れた観察を行えば,実はこの前提(公理)はおかしなことではない).

数学における推論=演繹の純粋さ故に,数学者は自由に想像力を働かせることが出来るのです.スカウトの皆に関係の深いところで言えば,算数・数学を勉強することは,最も純粋で効果的な推論=演繹のトレーニングになっているということになります.

ところで,数学における推論=演繹の純粋さ・自由さのおかげで誕生した,「平行線が交わる」幾何学.

ユークリッド幾何学(平面上の図形の学問)は上に書いた5つの公理を採用していますが,最後の「公理5:平行線は交わらない」を「公理5':平行線は交わる」に変えても,別の幾何学を作れるということでした.

このような幾何学のことを非ユークリッド幾何学と呼びます.ユークリッド幾何学が「平面上の幾何学」だとすれば,非ユークリッド幾何学は「曲面上の幾何学」です.例として挙げた球面上の幾何学は,球面幾何学と呼ばれる非ユークリッド幾何学のうちの1つです(球面は,曲面の1種です).

非ユークリッド幾何学には他にも様々なものがあります.その中でも特に重要なものの1つがリーマン幾何学と呼ばれる幾何学ですが,これについてはもう少し後でアインシュタインを紹介するときに触れましょう.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要