Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Jul. 2017:B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―(第5回/全8回)

7. 数学の自由

先月のさくら6月号6. 論理=演繹=推論と幾何学では,ユークリッド幾何学および非ユークリッド幾何学を例にして,数学における公理がどういうものか,イメージを持ってもらいました.

ここでもし「ユークリッド幾何学の公理5を別の公理5'に変えると新しい幾何学が出来るっていうのなら,もっと自由に様々な公理を採用してもいいんじゃないか?」と思ったらしめたものです.その通り,基本的に公理は自由に採用していいのです.これが数学の自由さです.

ただし,同じ数学(体系)の中で採用された公理が互いに論理的に矛盾するのはダメです.

逆に言えば,論理的に正しくさえあれば,どんな数学を作っても良いのです.多くの人は,数学の公理には「日常感覚からして常識的なもの」を採用するものだと思っているでしょう.例えばユークリッド幾何学の公理1は「点と点を直線で結ぶ事が出来る」という常識的なものでした.別の言い方をすれば,「数学の公理は日常の観察から得られる」と思っているはずです.

しかし,少なくとも現代の数学において,それは違うのです.絶対的に優先されるのは論理=演繹=推論(deduction)なのです.

どういうことでしょうか?

以下,我々の日常観察から得られる公理と,日常感覚からすると非常識な公理,2つの例を挙げて説明しましょう.

まず,日常観察から得られる公理の例として,実数の公理を(ただし一部だけ)紹介しましょう(実数って何? と思ったスカウトは,勉強会で訊いてください.これまた物凄く長い説明が必要です.ここでは,実数とは単に「1」とか「-273.15」とか「√3」のような「数」のことだと思ってください).

実数の公理は全部で17個あるのですが,ここではそのうちの5つだけ以下に示します.

  • 公理1:a+b=b+a
  • 公理3:「0」が存在して,a+0=a
  • 公理5:a×b=b×a
  • 公理6:a×(b+c)=a×b+a×c, (a+b)×c=a×c+b×c
  • 公理8:「1」が存在して,a×1=a

どうですか? 当たり前でしょう? こういう当たり前の公理だけから,論理=演繹=推論(deduction)だけを使って,様々なことが導けるのです.

例えば「0×a=0」は上の5つの公理のうちのいくつかを使えば証明できます.結果自体は当たり前のことだと思いますが(0に何をかけても答えは0),証明しろと言われると戸惑うと思います.推論のトレーニングだと思って,我こそはと思うスカウトはチャレンジしてみてください.

次に,日常感覚からすると非常識な公理の例として,1815年間生まれのイギリス人数学者・哲学者ジョージ・ブールが考え出したブール代数の公理を紹介しましょう.ただし,分かりやすくするために,本当の公理ではなく簡単化した公理の一部を以下に示します.

  • 公理1-1:0×0=0
  • 公理2-1:1×1=1
  • 公理3-1:1×0=0, 0×1=0
  • 公理1-2:1+1=1
  • 公理2-2:0+0=0
  • 公理3-2:0+1=1, 1+0=1

さて,いかがでしょう?「何だ,当たり前じゃん… ん? 公理1-2だけ間違っているぞ!」と思いましたか? 残念,これでいいのです.

ブール代数において,数は0と1しかありません(2進数とは違います.2進数には10や111などが登場しますが,ブール代数には登場しません).

そして,公理1-2の「1+1=1」のような,一見不可解な公理(というよりもルール)を採用します.このようなことをしても,論理的に矛盾の無い数学を作れるのです.

「論理的に正しいと言われても,こんなめちゃくちゃな数学なんて意味あるの? ただのゲームじゃん!」と思うかもしれません.ゲームというのはある意味その通りで,数学はむしろ「ゲーム」であることが重要なのですが,他方で実はこのブール代数は現実世界のある分野でとても役に立っています.

その分野とはコンピュータ(コンピュータ・サイエンス,計算機科学)です.

コンピュータの世界でなぜブール代数が役に立つのか,それはブール代数がAND回路やOR回路を組み合わせた論理回路を表しているとみなせるからです.AND回路やOR回路とは何か? という話はまた長くなるのでここではしませんが,ここで重要なのは,コンピュータが最初に登場したのが20世紀の中頃であるのに対し,数学者ジョージ・ブールがこのブール代数を考えたのはその100年も前の19世紀中頃だということです.

つまり,ブールが数学の自由さの下で「1+1=1」のような不思議なルールの代数を作って「ゲーム」したことが,100年後にコンピュータ科学者の間で役立てられたのです.

数学の世界ではこのようなことがしばしば起こります.数学者が現実の世界の観察に縛られることなく,自由に「ゲーム」=推論することで作った数学が,後の世で実際に役立つことは珍しくないのです.

ホームズやニュートンが事件現場や自然を観察するとき,観察の後に推論や推理が来るのではなく,実は観察と同時に推論や推理も始まっているのだということは,既にさくら2017年4月号4. 科学者にとっての「みる」ことと「はかる」ことで書きました.

しかしここで数学者のブールがやったことは,ホームズやニュートンよりもさらに推論が先行しています.つまり,コンピュータという現実の観察対象が作られるよりも前に,ブール代数というコンピュータの論理回路についての推論をブールは行っていたと言えるのです.

未来の観察をあたかも予言していたかのように,観察に推論が先んじる.その最も魅力的な例としてアインシュタインの話を後にします.そこではブールと同様,アインシュタインが100年も早くある観察に先行した推論を行っていたことが明らかになるでしょう.そしてそれが,本エッセイの2017年ノーベル物理学賞の予言と関係しているのです.

最後に,数学の自由さを徹底的に追求したらどうなるかについて,ある主張を紹介しましょう.1862年生まれのドイツ人で「現代数学の父」と呼ばれるダフィット・ヒルベルトの主張です.その主張は形式主義と言われます.ごく簡単に説明すると,形式主義とは「数学を決められたルール(公理と推論規則)の下で行われるゲームと見なす」立場であり,もっと言えば「公理は文字列から作られており,その文字列から新しい別の文字列(定理)を作るためのルールが推論規則である」と考えます.

形式主義の下では数学はゲームとみなされるので,その数学=ゲームが表す現実の数学的実在があるかどうかは気にされません.さくら2017年6月号6. 論理=演繹=推論と幾何学で三段論法を説明したときに,

  • 前提1:スカウトは誠実である.
  • 前提2:誠実な人は幸せになれる.
  • ⇒結論:スカウトは幸せになれる.
と,
  • 前提1:スカウトは爆発である.
  • 前提2:爆発は美味しい.
  • ⇒結論:スカウトは美味しい.
はどちらも三段論法としては正しい,と言いました.それは,
  • 前提1:AはBである.
  • 前提2:BはCである.
  • ⇒結論:AはCである.
においてA, B, Cの中に具体的に何が入ったとしても,三段論法自体は正しいからでした.

ヒルベルトは,数学全体をこのA, B, Cに施されるような記号操作の体系だと考えました.具体例はどうでもいいということです.そのような考えを良く表すものとして,

「点・直線・平面のかわりに,机・椅子・ビールジョッキと言いかえてもよい」
というヒルベルトの言葉が有名です.つまり,「点と点を直線で結ぶ事が出来る」を「机と机を椅子で結ぶ事が出来る」と言いかえても,ユークリッド幾何学は成り立つということです.そこで,以上で説明した形式主義は,皮肉を込めて「ビールジョッキ思想」と呼ばれることがあります.

ヒルベルトのこのような考えは,ヒルベルト以前にもある程度数学者の間で共有されていました.そのことを示す有名な例は,1832年生まれのイギリス人作家・詩人ルイス・キャロルによる小説『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』にあります.

『鏡の国のアリス』に出てくるハンプティ・ダンプティは,2つの単語を合成して新しい単語を作ったり,ある単語を本来とは別の意味で使ったりして,アリスを混乱させます(ちなみに,2つの単語を合成して作られた新しい単語は,「かばん語」あるいは「混成語」と呼ばれ,ジェイムズ・ジョイスが『フィネガンズ・ウェイク』において頻繁に利用したことを通して,20世紀の哲学に大きな影響を与えました.影響を受けた哲学者の1人はジャック・デリダです.デリダはずっと後に出てきますので,なんとなく覚えておいてください).

『不思議の国のアリス』や『鏡の国のアリス』を読んだスカウトなら分かると思いますが,ハンプティ・ダンプティの言葉にはヒルベルトのビールジョッキ思想に似たナンセンスが感じられます.それもそのはず,ルイス・キャロルは作家・詩人であると同時に,数学者・論理学者でもあったのです.

ハンプティ・ダンプティの自由な(勝手気ままな)言葉と,数学の自由との間には,「記号操作のゲーム」という共通の背景があるのです.

ちなみに,B-Pは19歳のときに大学受験に落ちて陸軍に入隊しています.その入学試験において,数学の試験官だったのがルイス・キャロルです.ルイス・キャロルはB-Pの数学のテストの出来を酷評したそうですが,軍人経験やボーイスカウト運動の中で確信した推論(deduction)の重要性にもっと早く気づいていれば,B-Pも最高の演繹(deduction)トレーニングである数学をもっと勉強していたかもしれません.

ボーイスカウトと数学の距離は意外に近いのです.

…え? 強引ですか? そんなことはありません.B-Pも好きなホームズの名言は皆も知っているでしょう?

「初歩的だよ,ワトスン君.」

これは元の英語では"Elementary, my dear Watson."です(ただしこの名言は,実は原作小説の中では登場せず,ホームズの舞台での台詞が起源です."Elementary"という台詞なら原作小説にもあります).ここで"elementary"という単語は,「初等的」とも訳されます.例えば"elementary geometry"は「初等幾何学」です.初等幾何学とは要するにユークリッド幾何学のことです.逆に言えば,非ユークリッド幾何学は難しいので"elementary"では無いのですね.また,"elementary mathematics"は「算数」のことです("mathematics"だけなら「数学」です).

つまり"elementary"という単語には,教育における初めの方の段階という意味があるのです.高等学校の「高等」に対して「初等」なわけですね.

そしてさらに言えば,ホームズが「演繹的推理(deductive reasoning)」を得意としたことを考え合わせると,"elementary"にはどこか数学のニュアンスがあると思うのです.ですから,"Elementary, my dear Watson."は

「初等的だよ,ワトスン君」
と訳すのが私の好みです.

B-Pの言う推論も,ホームズの推理も,そして数学における演繹も,重要なところで全て繋がっているのです.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要