Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Sep. 2017:B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―(第7回/全8回)

10. アインシュタインの重力

皆さん,65周年キャンポリーは楽しかったですか?

キャンプファイヤーの最後でガリ勉がした,宇宙の話と人々や社会の繋がりの話を覚えていますか?

あのとき語られた宇宙の星々のパターンの話は,専門用語で「宇宙の大規模構造」あるいは「宇宙の泡構造」と呼ばれているものです.

そしてこの「宇宙の大規模構造」にアインシュタインが考えた重力の話が密接に関わっていることは,皆さんにもなんとなく想像がつくのではないでしょうか?

B-Pからアインシュタインを導き出そうとする本エッセイも残り2回(最後にまとめ回も用意しているので,それも入れると残り3回).そして,2017年のノーベル物理学賞発表までは残り1ヶ月(今年の発表は10月3日に決まりました).

この連載に一体どれだけの人が付いてきてくれているのか謎ですが,今回はいよいよアインシュタインの重力の話です.

* * *

アインシュタインの物理的美に対する感受性が最も発揮されたのが,特殊相対性理論の発表から11年後の1916年に完成した一般相対性理論です.多くの物理学者が「最も美しい物理理論」と呼ぶ「作品」です.

このときアインシュタインは37歳,B-Pは59歳で第1回世界ジャンボリーが開催される4年前のことでした.

一般相対性理論は重力の理論です.

しかし重力の理論と言えば,今までに何度も紹介したニュートンの重力理論が既にあります.何故,ニュートンの重力理論とは別の重力理論をアインシュタインは考えたのでしょう?

普通に考えると,ニュートンの重力理論では説明できない自然現象が発見されたので,それを説明するために新しい重力理論が必要とされたのだろうと想像されます.しかし違うのです.

アインシュタインが新しい重力理論,すなわち一般相対性理論を作ろうとしていたとき,人類はニュートンの重力理論では説明できない現象として水星の近日点移動の観測値がニュートン理論とズレることを知っていました.ところが,そのズレを解消することがアインシュタインのモチベーションだったわけでは無いのです.

それどころか,さらに言えば,もし新しい重力理論を作るときの目的が「水星の近日点移動の観測値のズレを解消すること」にあったとしたら,アインシュタインは一般相対性理論に到達できなかったでしょう.

では何がモチベーションだったのか?

その答えこそが「物理法則は美しくなければならない」という信念だったのです.

アインシュタインには,ニュートンの重力理論よりももっと美しい重力理論があるはずだという確信がありました.「水星の近日点移動の観測値のズレを解消すること」という実用・実践に関するモチベーションではなく,「美しい重力理論があるはずだ」という理論的美意識に関わるモチベーションが出発点にあったからこそ,アインシュタインは一般相対性理論に到達することが出来たのです.

先月のさくら8月号9. アインシュタインの思考実験と美意識で述べた通り,特殊相対性理論は時間と空間を同じように扱いました.

では,一般相対性理論では何と何を同じように扱ったのでしょうか?

それはアインシュタイン自身が「生涯最良の名案」と呼んだアイデアと,そのアイデアを思いつくときに行った思考実験に関係しています.アイデアの名前は「等価原理」,そしてそのとき行った思考実験は「箱の中に立っている人間」でした.

何を言っているのでしょうか?

「箱の中に立っている人間」の思考実験とは,次のようなものです.

エレベーターの中にいる人を想像してください.最初止まっていたエレベーターが上昇し始めると,中の人は床に押し付けられるような力を感じます.この感覚は,一度でもエレベーターに乗ったことがあるなら皆知っているはずです.これは普通,加速度(によって発生する慣性力)を感じていると解釈されます.

しかし,次のような解釈も有り得るのではないでしょうか? すなわち,エレベーターはずっと止まったままで,中の人にかかっている重力が突然強くなったのだ,と.

あるいは,エレベーターを吊るしている紐が切れたときのことを想像してみましょう.このとき,中の人はエレベーターの箱と同じ速度・同じ加速度で落下するので,あたかも重力が消えたかのように感じるはずです.

つまり,エレベーターが地面に激突するまでであれば,エレベーターは止まったまま中の人にかかっている重力が突然無くなったという解釈もあり得ます.

実際,NASAは飛行機を高高度から自由落下させて無重力状態を体験させるという宇宙飛行士の訓練を行っています.

以上の「箱(エレベーター)の中に立っている人間」の思考実験から分かるのは,「箱の中に立っている人間にとっては,箱が突然上下に動き出したのか,それとも重力が突然強くなったり消えたりしたのか,原理的に区別できない」ということです.

これが,アインシュタインの等価原理です.

最初の疑問に戻りましょう.アインシュタインは一般相対性理論で何と何を同じように扱ったのか?

「加速度による力(慣性力)」と「重力」を同じように扱ったのです.

そしてこの等価原理を基礎の1つにして,アインシュタインの美意識を満足させる美しい重力理論を導いたのです.

一般相対性理論では重力をどのようにして考えるのか,少し見てみましょう.

1905年に特殊相対性理論を発表し,それを受けて1907年に数学者のヘルマン・ミンコフスキーが時空(ミンコフスキー時空)の考え方を発見したことによって,アインシュタインは既にこの宇宙が時空によって説明されるということを知っていました.そしてその延長で,一般相対性理論では重力を「時空の歪み」として説明したのです.

「時空の歪み」とは一体何のことでしょうか?

このことを理解するのはかなり大変です.先月のさくら8月号9. アインシュタインの思考実験と美意識で,特殊相対性理論は中学生レベルの数学の知識があればかなりの部分理解できるといいましたが,一般相対性理論はそうはいきません.大学生レベルの,それもかなり高度な数学を使いこなさなければ,「時空の歪みで重力を考える」ということの意味を理解することは出来ません(ただし,大雑把なイメージであれば絵で掴むことは出来ます.「一般相対性理論」でGoogleの画像検索をしてみてください).

では,その高度な数学とは何か?

それこそがさくら6月号6. 論理=演繹=推論と幾何学で紹介した「曲面上の幾何学」であるところの非ユークリッド幾何学の1つ,リーマン幾何学です.一般相対性理論の中身の半分はリーマン幾何学だと言っても良いくらい,リーマン幾何学は一般相対性理論にとって重要なのです(「一般相対性理論」のGoogle検索画像を眺めればすぐに,重力を「時空の歪み」として説明する一般相対性理論が,「曲面上の幾何学」であるリーマン幾何学によって記述されることのイメージを掴めると思います).

リーマン幾何学は大変に難しい.アインシュタインも自らのアイデアをきちんとした物理理論にするため,1854年にベルンハルト・リーマンによって確立されたリーマン幾何学を苦しみながら猛勉強しました.次のようなアインシュタインの手紙が残っています.

「現在,もっぱら重力の問題を考えています.1つ確かなことがあります.これまでの人生で,これほど一生懸命に研究に励んだことはまったくありませんでした.数学に畏敬の念を抱くようにもなりました.その巧妙な部分を,ここに至るまで,愚かにも単なる装飾品とみなしておりました.この問題に比べれば,最初の相対論(特殊相対性理論)は子供の遊びです」

手紙の中の「その巧妙な部分」とは数学の中でも非常に高度で抽象度の高い分野のことを言っており,具体的にはリーマン幾何学のことを指します.一般相対性理論(=重力の問題)を考える前のアインシュタインは,そのような高度な数学は確かに美しく素晴らしいものではあるけれども,物理学という実践には役に立たない,つまり実用的ではないと「愚かにも」考えていました.

スカウトの皆も学校で勉強する算数や数学について,「こんな難しいことやって何の役に立つのか?」と感じたことがあるのではないでしょうか? レベルは違いますが,アインシュタインも似たようなことを思ったのです.

しかし一般相対性理論を考えるにあたり,アインシュタインはそのような判断が間違っていたことを認めました.つまりリーマン幾何学のような,一見して実践には役立たないように思える高度で抽象的な数学理論が,実は重力の理論に使えることに気付いたのです.

いや,さらに言えば,これは実際に一般相対性理論を学ばなければなかなか分からないのですが,リーマン幾何学が重力の理論に「宿っている」という感覚をアインシュタインは得たのです.これは,これまでに何度も紹介してきた「自然の中に数学が宿っている」という,あの神秘的な感覚の最も素晴らしい例です.これをアインシュタインは「数学に畏敬の念を抱くようにもなりました」と表現したのです.

ちなみに,現在では一般相対性理論はアインシュタインが作ったことになっていますが,かつて数学者のヒルベルトとアインシュタインの間に「どちらが一般相対性理論を先に作ったのか」といういわゆる「先取権論争」がありました.さくら7月号7. 数学の自由で,数学の自由さを徹底的に追求し「現代数学の父」と呼ばれたと紹介した,あのヒルベルトです.

先取権論争は1997年のレオ・コリー,ユルゲン・レン,ジョン・スタッチェルの論文「ヒルベルト-アインシュタイン先取権論争の遅ればせながらの判定」によって,「一般相対性理論はアインシュタインが単独で完成させた」ということで解決しています.

ただしヒルベルトが一般相対性理論に貢献したことは確かで,それは例えば「アインシュタイン・ヒルベルト作用」という言葉にあらわれています.

そんな20世紀最大の数学者とも言われる天才ヒルベルトの,次のような言葉が残っています.

「ゲッティンゲンの道を歩いている誰をつかまえてもアインシュタインより4次元空間についてよく理解している.…ところがそれにもかかわらず,あのような仕事(一般相対性理論)をやったのはアインシュタインであって,数学者ではなかった」

ヒルベルトは大数学者ですから,論理=演繹=推論(deduction)の達人でした.そんなヒルベルトが悔しさをにじませつつこのようなことを言ったのです.

一体アインシュタインの何が,他の偉大な数学者や物理学者と比べて優れていたのか?

それこそがここまで説明してきたアインシュタインの2つの特徴:(思考実験による)圧倒的な推察力(=観察+推論)と,物理的な美に対する感受性だったのです.

ここで,アインシュタインの仕事と,観察と推論あるいは理論と実践とがどのように関係しているのか,整理しましょう.

アインシュタインはリーマン幾何学を使って一般相対性理論を作りました.この意味では,リーマン幾何学が「理論」で一般相対性理論が「実践」です.では,この理論と実践とを結びつけるためにアインシュタインが行った観察と推論は何だったのか? それこそが思考実験と数学的演繹です.

そして,アインシュタインが思考実験と数学的演繹の入り混じった「推察(=観察+推論)」を行ったときの最大のモチベーション,すなわちアインシュタインの物理学者としての信念が,「物理法則は美しくなければならない」という美意識です.リーマン幾何学(理論)が一般相対性理論という重力の理論(実践)の中に「宿っている」ということは,理論と実践の結びつきの最も深遠な例です.

そしてこの神秘に近づくためには,推察力(洞察力)と美意識(感受性)の両方が必要だったのです.

1つ具体例を挙げましょう.一般相対性理論がスカウトの皆の身の回りで応用(実践)されている例です.それは,自動車やスマートフォンに搭載されている機能,GPS(Global Positioning System)です.

詳しい仕組みは説明しませんが,GPSはGPS衛星および受信機(スマートフォンなど)に搭載された時計を使っています(細田守監督のアニメ映画『サマーウォーズ』にGPSの原子時計の話が出てくるのを思い出してください).

この時計で計る(時間を「はかる」と言うときにはこの漢字を使います)時間はとても精確である必要があります.何せ100万分の1秒,つまり0.000001秒ズレただけで,地図上の位置が300メートルもズレてしまうのです.これほどの精度が求められるので,GPSにおいては地球の重力による時計の遅れが問題となります.強い重力下で時計はゆっくり進むことが,一般相対性理論から出てくるのです.GPSはこの問題を考慮してシステム設計されています.

21世紀の日本に生きる我々は,日常的にGPSを便利に使っています.しかし,GPSの仕組みやその背景にある一般相対性理論を理解している人は少ないでしょう.そんなことは理解しなくても,とりあえずGPSは使えるからです.

それでも忘れてはいけないのは,GPSを考案し作り上げた人が確かにいるということです.当たり前のことですが,いくらGPSを普段から使っていても,GPSを作る能力は身につきません.GPSを使うこととGPSを作ることとは,全く別の能力です.

ボーイスカウトではシルバーコンパスを使います.スカウトの皆の中にも,「スマホでGPSが簡単に使えるんだから,なぜ今どきこんな原始的な道具を使う必要があるのか?」と疑問に感じる人がいるかもしれません.この疑問は一面では正しいと思いますが,そんなに単純な話では無いということも理解しておくべきです.

シルバーコンパスの練習をするときに,スカウトは一体何を習得しようとしているのか? シルバーコンパス自体の使い方を習得することはもちろんですが,もっと抽象的なスキルを地図や地形を舞台にして習得することこそがより重要なのです.その抽象的スキルとは… ここまで読んでくれていれば,その答えは分かると思います.

アインシュタインがGPSを日常的に単に使う「だけ」の人間であったとしたら,きっと一般相対性理論を生み出すだけの抽象的な能力は身につけられなかったでしょう.アインシュタインの時代にGPSはありませんから,これはもちろん比喩ですが.

あるいは,この2017年さくら9月号に載っているローバースカウトの4本のエッセイを読んでみてください.

4人とも,リーダーが計画したプログラムを単に実行することに比べて,スカウト達が安全に楽しめるプログラム(キャンポリー)を計画することがいかに大変であるかについて書いています.と同時に,そのような「作り出す側」となったときに役に立つ抽象的なスキルについて,明に暗に述べています.

本エッセイと4人のエッセイのこのシンクロは偶然ですが,本エッセイで私が示そうとしていることを,ローバースカウトの4人は別の仕方で表現しているのです.

アインシュタインが「箱(エレベーター)の中に立っている人間」の思考実験によって「生涯最良の名案」である等価原理を思いついたのは1907年.それから9年間をかけてリーマン幾何学などを猛勉強し,一般相対性理論の完成にこぎつけたのは1916年です.

これは,B-Pが『Scouting for Boys』を著し,ブラウンシー島で実験キャンプを行い,「無名スカウトの善行」などを通して世界中にスカウト運動が広まっていった時期と重なっています.

このシンクロもまた偶然なのはもちろんですが,観察と推論にかこつけてこの2つの歴史の関連性を夢想するのは,それほど無意味なことではないと思います.

(つづく)

ガリ勉