Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Oct. 2017:B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―(第8回/全8回)

さて,この長い長いエッセイのクライマックスです.このエッセイの最初に予言をしたことをスカウトの皆は覚えているでしょうか? その予言は当たったでしょうか?

「当たる」という表現は、本来は「予言」という言葉に相応しくありません.予言者は,本物か偽物かが重要だからです.予言が現実と違ったとしたら,それはその予言が外れたというよりも単にインチキだったと言うべきです.

これまであえて「予言」という怪しげな言葉を使ってきましたが,私が2017年ノーベル物理学賞について行ったことは,そのような超能力的なことではなく,「推察」です.

2017年さくら4月号4. 科学者にとっての「みる」ことと「はかる」ことで述べた通り,推察は観察と推論(と知識)から出来ています.つまり,「みる」ことと「はかる」こと(と「しる」こと)です.それぞれに対応して,「予見」と「予測」(と「予知」)という言葉がありますが,私がやったことに一番ニュアンスが近いのは「予測」でしょう(もちろん,もっと良い言葉としては「予想」があります).「予め測る(あらかじめはかる)」のが「予測」です.

私は,これまでのエッセイや以下の文章で示される,様々な観察・推論・知識を使って,2017年ノーベル物理学賞を予測したのです.

11. アインシュタインの時計,B-Pの時計

ひとつ予測をしましょう.今年2017年のノーベル物理学賞は「重力波の直接観測」に対して与えられます.さぁ,10月3日の発表をお楽しみに!

この予測に出てくる「重力波」とは何でしょうか?

ここまでの話の流れから分かる通り,重力波は1916年にアインシュタインによって提唱されたある種の「波」です.

そこで,一般相対性理論と重力波についての説明をしなければなりませんが,その前にまず重力波以外の一般相対性理論の「実践」について,話したいと思います.

先月のさくら9月号10. アインシュタインの重力で,「リーマン幾何学を理論とすると,一般相対性理論は実践にあたる」ということ,および,「この理論と実践の関係を考える上でアインシュタインが行った観察が思考実験である」ということを述べました.

しかし言うまでもないですが,一般相対性理論はリーマン幾何学という数学理論に対する「実践」であると同時に,重力についての「理論」でもあります.

それでは,一般相対性理論という理論に対する実践とは何でしょうか? また,それに関係する観察は何でしょうか?

一般相対性理論の実践,すなわち応用は,自然現象の説明です.

アインシュタインは美意識を強いモチベーションにした物理学者ではありますが,そんな彼が作った物理理論も自然現象と合っているかどうかチェックされなければならないことは変わりません.

それは物理学の基本ルールです.

ニュートンの運動の理論と重力理論は,りんごが木から落ちる現象や天体が楕円運動する現象などと合っていることによってチェックされました.では,一般相対性理論はどのような自然現象によってチェックされたのでしょうか?

最も有名なのは,天文学者アーサー・エディントンによる1919年5月29日の皆既日食の観測です.

一般相対性理論によれば大きな質量を持つ物体は周りの時空を歪めるので,その近くを通る光は歪んだ時空に沿って曲がる事になります.我々の身近にある最も大きな質量を持つ物体は太陽なので,太陽の後ろにある星から地球にいる我々の眼に届く光を精確に観測することによって一般相対性理論をチェックすることが出来ます.つまり,星から地球に向けてやってくる光が途中で太陽のそばを通るとき,太陽が歪めた時空によって光が少し曲がることを観ようというのです.

ただし,太陽自身がとても明るくて背後の星の光を観ることを邪魔するので,太陽が月によって隠される皆既日食のときを狙って観測が行われたわけです.

1919年のエディントンの観測は一般相対性理論の正しさを証明するものだったとして,世界中で大々的に報道されました.このことによって,アインシュタインは世紀の有名人となったのです.

ところが,エディントンの観測とその結果の解釈はかなり怪しいものでした.今から振り返ると,このときの観測が一般相対性理論を証明したと言うのはなかなか難しいようです.

現在では,エディントンと同様の観測がずっと高精度で行えるようになっています.そしてその結果は一般相対性理論の正しさを証明しています.

太陽によって星の光が曲げられることの観測は,確かに一般相対性理論が自然法則と合っているかどうかのチェックになります.しかし一般相対性理論が予言した現象はこれだけではありません.

例えば,先月のさくら9月号10. アインシュタインの重力でGPSの話をしたときに少し触れましたが,強い重力下では時間の進みが遅くなる現象があります.

昨年2016年8月,『同期接続した光格子時計による重力ポテンシャル測定』というタイトルの論文(解説ページはこちら)が発表されました.

15キロメートル離れた標高差の異なる2地点(東京都文京区にある東京大学と,埼玉県和光市にある理化学研究所)の時間の進み方を超精密測定することによって,標高差の違いによって生じる重力のわずかな差を検出し,そこから逆にどれくらい標高差があるかを算出したという内容です.標高の異なる場所では,地球の中心からの距離が違ってくるので,そこにかかっている重力の強さも変化するのです.

実験で得られた標高差は1,516センチメートル(15.16メートル),誤差は5センチメートルという驚くべきものです.この結果は国土地理院による通常の測量で得られた結果と一致しています(こんなところでも,ボーイスカウトあるいは渋川春海や伊能忠敬と,物理学あるいはアインシュタインの重力理論とは関係してくるのです).

このようなことを可能にするために求められる時間の超精密測定の精度がどれくらいか,想像できますか? それはおよそ10^(-18)秒,つまり

0.000000000000000001秒
です.これは300億年に1秒しかズレないことを意味しています.我々が住んでいるこの宇宙の年齢は138億年と言われていますから,宇宙誕生から時間を計り続けても1秒もズレないという精度です.論文のタイトルにある「光格子時計」によってこれが実現しました.

先月のさくら9月号10. アインシュタインの重力で,GPSにおいては100万分の1秒,つまり0.000001秒時計がズレただけで位置が300メートルもズレてしまうと述べましたが,そのときの100万分の1秒という数字と比べても,途方も無く小さな値です.

このような実験研究は,さくら4月号4. 科学者にとっての「みる」ことと「はかる」ことで述べたように,実際にはノイズとの戦いです.なにせ

0.000000000000000001秒
の精度ですから,ちょっとしたノイズがあるだけで実験は台無しです.科学者や技術者たちの「はかる」ことへの情熱がなければ実現しない素晴らしい成果なのです(ちなみに私は大学時代,この研究の責任者である香取秀俊先生に「量子光学」という授業を受けていました.光格子時計の話も香取先生や香取研究室にいた同級生からよく聞いていたので,感慨深いものがあります).

* * *

ところで,100年前に光格子時計はもちろんありませんでしたが,時計自体はそれよりも古くからありました.ここで少し,本筋からは一見外れる雑談をしたいと思います(このエッセイ全体が長大な雑談のようなものですけれども).

ボーイスカウトでは,スカウトは腕時計を着けるよう指導されます.最近は携帯電話あるいはスマートフォンを持っていることが多いため,腕時計をしないスカウトがしばしば見られますが,ボーイスカウトでは腕時計であることが重要です.その理由は,100年と少し前に起こった時計の小さな革命の歴史を見ると分かります.

日本語では置き時計も腕時計も,どちらも「時計」と呼んでしまいますが,英語では置き時計のような時計を"clock"と呼び,それに対して腕時計のような身に付けられる時計を"watch"と呼んで区別します.

"clock"の語源は,「手で振って音を鳴らす鐘(ハンドベルのようなもの)」を意味するラテン語の"clocca"です.このことが意味しているのは,"clock"は元々「音によって時を報せるもの」だったということです.教会なんかの鐘がそうですし,学校でも決まった時間にチャイムが鳴ります.柱時計は1時間毎に音で時刻を報せます.鳩時計なんかもそうですね.これらは皆"clock"なのです.

他方, "watch"の語源は読んで字のごとくです."watch"は英語で「見る」という意味の動詞ですね.このことから分かる通り,身に付けられる時計="watch"は,「人が眼で時計盤を見て時を把握するもの」だったのです.

"clock"と"watch"の語源の違いは,「耳で聞く時計」と「眼で見る時計」の違いを表しています.時計には元々"clock"しかありませんでしたが,時間を「計る」技術の進歩によって時計が小型化し,"watch"が誕生したのです.そしてこの"clock"と"watch",「聞く」と「見る」の違いには,時間を「しる」ということに関する人々の態度の歴史的変化があらわれているように思われます.

"clock"しか無かった時代,人々にとって時間とは「教えてもらうもの」でした.例えば農作業に夢中になっているとき,今が何時なのか分からなくなります.そんなとき,教会の鐘を聞いて「あぁ,お昼になったな」などと思うわけです.つまり,人々は"clock"によって受動的に時間を報されていたのです.

他方, "watch"が誕生したことによって,人々は時間を「知りにいく」ことが出来るようになりました.例えば15時が締め切りの事務作業をしているとき,今何時か知るために腕時計を見て,「今14時23分か.15時までに終わらせるためには…」などと考えるわけです.つまり,人々は"watch"によって能動的に時間を知ろうとしたのです.

"watch"を使った時間に対する能動的な態度は,「時間を把握し,制御し,管理下に置く」という態度に繋がっています.これは,人々の近代的な合理性追求と関係しており(中世以前の人々が非合理だったわけではありませんし,近代はむしろ人間の心の非合理性に目を向けた時代とも言えますが,その話はここでは掘りません),悪く言えば1889年生まれのイギリス人映画監督チャールズ・チャップリンが『モダン・タイムス』で描いたような「人間の機械化」に繋がると解釈することも出来ます.

そのような「堅苦しい」時間から離れた,時計を気にせずリラックする時間,というのは人間には必要です.リゾートなんかでは,そのような時間を演出するために部屋の中に時計を置いていないところが多くあります.

しかしよく考えると,チャップリンが描いたような「人間の機械化」は,"watch"というよりもむしろ"clock"に関わる事態です.人々が工場のベルトコンベアーで「機械のように」働き,チャイムが鳴ったら10分休憩し,また次のチャイムで労働を再開する… これは受動的な仕事のあり方です."watch"は本当は,そのようなあり方から別のあり方へ人間を方向づける発明なのです.

つまり,強い言葉を使えば,人間を時間の奴隷から時間の主人へ変える発明.さらに別の言い方をすれば,時間による支配ではなく,時間からの自由でもなく(これはリゾートの役割です),時間への自由を目指す発明が"watch"なのです(「~からの自由」と「~への自由」が異なることは,ベンチャー以上のスカウトは学校で習うと思います.このような区別の起源は,ニュートンより80年ほど後の1724年生まれのドイツ人哲学者イマヌエル・カントです).

以上で,"clock"と"watch"の語源や役割や意義の違いは分かってもらえたと思います.

次に,"watch"には主に2つの種類があることに注意してみましょう.それは,懐中時計(pocket watch)と腕時計(wrist watch)です.

21世紀の今,懐中時計を身に付けている人はほとんどいません.身に付けている人がいたとしてもそれはほぼオシャレ目的と言って良いでしょう.それはつまり,腕時計の方が懐中時計よりも"watch"として機能的・合理的であることを意味しています.

懐中時計(pocket watch)は,文字盤を"watch"するために,1)ポケット(pocket)から取り出し,2)蓋を開け,3)片手が塞がった状態で文字盤を見なければなりません.それに比べて腕時計(wrist watch)は,時計盤がむき出しの状態で腕(wrist)に固定されているため,上述の1), 2), 3)という欠点が無いのです.このため,腕時計は懐中時計に比べて圧倒的に合理的です.腕時計は懐中時計に比べて時計盤を小さくする必要があるため,技術的に製作が可能になるのは大体19世紀中頃以降です.1880年にジラール・ペルゴが初の量産型軍用腕時計を,1900年にはオメガが初の一般向け腕時計を発表しています.

しかし,腕時計が世に登場した当時,昔ながらの懐中時計への愛着が強かったせいか,なかなか広く普及しませんでした.その状況を変えたのは,戦争です.

戦争においては,時間管理の合理性が人の生死を左右します.だから,戦場において最初に,懐中時計よりも合理的な腕時計が普及しました.実際,懐中時計が腕時計に完全に置き換わったのは1914年から1918年にかけての第1次世界大戦を通してです.

では,腕時計を最初期に積極的に利用した軍人は誰か,スカウトの皆は分かりますか? このような訊き方をすれば,知らなくても答えは想像できますね.答えはB-Pです.

B-Pが腕時計を愛用した最初期の軍人である証拠に,1895年に撮影されたと言われる腕時計をしたB-Pの写真が残っています.また,1897年出版の『マタベレの戦い』(原題:"THE MATABELE CAMPAIGN -1986-")で,B-Pは"wrist-watch"という単語を記しています.これら写真および本はそれぞれ,「写真に撮られた男性用腕時計」および「"wrist watch"という単語の用例」としては現存する最古のものだそうです.

それではなぜB-Pは腕時計を愛用したのか.その理由が「時間を管理すること,およびその目的のための合理性」にあることは,もうお分かりですね? 彼は軍隊における腕時計の重要性をいち早く見抜き,さらにそれがより良き市民を育てるボーイスカウト活動においても有用であることに気づいたのです.

スカウトの皆がキャンプなどのスカウト活動をする際,次の予定は「8時の点検」などという風に決まっていることが多いと思います.そのとき,8時になってリーダーが声またはホイッスルで集合をかけてから慌てるようでは,受動的で"clock"的時間把握しか出来ていない「不自由な」状態と言わざるを得ません.リーダーによる集合の合図="clock"よりも前に,スカウト各々が腕時計を"watch"して,8時までの時間の使い方を能動的にコントロールしなければいけないのです.

そのような"watch"的時間管理が出来て初めて,スカウトは厳しいタイムスケジュールの中で「自由に」なることが出来ます.

以上が,100年と少し前に起こった腕時計の発明と普及の歴史の説明,およびそれにいち早く目を付けたB-Pが腕時計をボーイスカウト活動において重要視した理由です.

スカウトの皆も,スカウト活動を通して"watch"的な態度を身に付けられるよう頑張ってください.言うまでもなくそれは一生を通して,仕事でもプライベートでも役に立つスキルになるはずです.

12. 重力波によって宇宙を観ること

さて案の定,少しと言っておきながら「雑談」が随分長くなってしまいました。重力の話に戻りましょう.

重力による光の曲りに続いて,重力による時計の遅れ(とそれを利用した標高差の測定)を紹介しましたが,他にビッグバン宇宙なども,一般相対性理論から出てきたものです.あるいは,スカウトの皆も良く知っているだろうブラックホールの存在も,一般相対性理論の式を解くことで最初に予言されました.これらの他にも様々な現象が,一般相対性理論によって予言・説明されてきました.

そしていよいよ本題.重力波もそれら一般相対性理論の予言の1つです.しかも最重要の予言なのです.

質量の大きな物体が動くと,周りの時空が歪みます.その時空の歪みがどんどん伝わっていくことで,まるで波のように遠くまで届くという現象が存在する.アインシュタインはそのような波を,自らが作った一般相対性理論を使って1916年に提唱しました.

勘違いしてはいけないのは,波のように伝わっていくのは質量の大きな物体自身ではなく,我々の眼では観ることが出来ない時空の歪みだということです.一般相対性理論によると重力の正体は時空の歪みですので,この波を「重力波」と呼ぶわけです(「時空波」と呼んでも良かったかもしれませんが,そんな言葉はありません).

なぜ重力波の予言が重要なのでしょうか?

色々理由はありますが,重力波が実在することは「時空の歪み」という現象が実在することの大きな証明になる,ということが1つあります.このことは,アインシュタインの重力から約50年前の1864年にジェームズ・クラーク・マクスウェルが完成させた電磁気学と似ています.

マクスウェルは19世紀最大の物理学者と言っても過言ではありませんが,そんな彼は自らが完成させた電磁気学の理論を使って「電磁波」を予言しました.皆になじみのある言葉を使えば,電磁波とは光や電波のことです.懐中電灯から出ている光も携帯電話から出ている電波も,どちらも電磁波なのです.

このように言われると,電磁波が実在することは現代の我々にとって当たり前のことのように思えます.しかし今からたかだか150年前のマクスウェルの時代はそうでは無かったのです.

重力波は時空の歪みが伝わっていく波でした.それでは電磁波は何が伝わっていく波なのでしょうか?

答えは「電場」と「磁場」の変化です.

マクスウェルの電磁気学には電場と磁場が登場します.当初この電場と磁場は,電気や磁石の現象を説明するために便利だから使われている概念に過ぎないのか,それともそれ自体実在するものなのか分かっていませんでした.それが,電磁波の実在がマクスウェルの理論によって予言され,ハインリヒ・ヘルツによって1888年に実験的に証明されたことによって,電磁波はもちろんのこと,電場と磁場の実在も疑いないものとなりました.さらに言えば,その後あっという間に無線通信をはじめとする電磁波の実践(応用)が世の中に広まっていったのです.

ところでさくら5月号5. 「はかる」ことによって「みる」では,光を「光子と呼ばれる粒が集まって動く」ものと説明しました.ここで,「光も電磁波なのだから,光は電場と磁場の変化が伝わっていくものなのではないか.前の説明と違う.どちらが正しんだ?」と思うかもしれません.

このことについて説明するには,相対性理論と並ぶ現代物理学の最重要理論である量子力学に触れなければいけません.ここではその余裕は無いので,興味があれば勉強会等で訊いてください.

いずれにせよ,サーモグラフィで使われる赤外線やレントゲンで使われるX線も電磁波の1種です.光によって対象を観察する方法は,より一般的な表現を使えば「電磁波によって対象を観察する方法」だったのです.

アインシュタインが一般相対性理論から重力波を予言したのは1916年.それからちょうど100年後の2016年の2月(前述の『同期接続した光格子時計による重力ポテンシャル測定』の論文が出た半年前でもあります),『連星ブラックホール合体からの重力波の観測』というタイトルの論文が発表されました(日本語の要約はこちら).人類史上初めて重力波を観測したことを報告する論文です.物理学史上の大事件です.

私の予言は,この論文の著者であるLIGO(Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)のメンバーに2017年のノーベル物理学賞が与えられる,というものでした(LIGOは重力波観測のために設立されたアメリカにある2つの天文台の名称であると同時に,重力波観測の大規模実験それ自体の名前でもあります).それほどのインパクトをこの「重力波の直接観測」が持っていることの理由は,ここまで読んでこればある程度分かると思います.

以下では,この「重力波の直接観測」の何が凄いのかについてもう少し詳しく,

  • a. 重力波を観測するための検知器の精度が凄い
  • b. 強い重力下でも一般相対性理論が正しいことが証明されたから凄い
  • c. 重力波天文学の扉を開いたことが凄い
の3つに分けて説明したいと思います.それを読めばこれら3つの理由が,さくら2017年3月号から続けてきたこの長い長いエッセイ全体のメッセージ,つまりB-Pが『Scouting for Boys』で重要視した観察と推論や,さくら2017年2月号に書いた理論と実践についての話と深く関係していることが分かると思います.

a. 重力波を観測するための検知器の精度が凄い

今回LIGOのメンバーが重力波を観測するために使用した検知器は「レーザ干渉計」といいます.この装置ではレーザを利用して,重力波がこの装置にやってきたときに発生する時空の微妙な歪みを「測り」ます.もう少し言えば,レーザが走る距離が時空の歪みによってわずかに変化するので,その変化をレーザの「干渉縞」と言われる現象によって捉えるのです.

驚くべきはその検出精度です.LIGOで測ることが出来る距離の変化はなんと10^(-21)メートル! これがどれくらい小さい距離かイメージ出来ますか? つまり

0.000000000000000000001メートル
です.え,やっぱりよく分からないですか?

例えば,我々の周りにある物質は全て「原子」と呼ばれる小さな粒が集まって出来ていますが,それはとてつもなく小さな粒なので,肉眼では見えません.ではそんな原子の直径は何メートルかと言えば,原子の種類にもよりますが,最も小さな原子である水素原子で10^(-10)メートル,つまり

0.0000000001メートル
です.たしかにとても小さいですが,LIGOの検出精度に比べると
100,000,000,000倍
も大きいのです.千億倍ですね.LIGOの凄まじさが良く分かると思います.

さくら5月号5. 「はかる」ことによって「みる」で,

「そしてこのような科学の発達による観察(観測)技術の向上は,多くの科学者が観察や推論を積み重ねて光や電子などの自然現象の謎を推し「察って」いく中で,様々な対象を様々なモノによって「測る」ことを可能にしていった歴史の,その素晴らしい成果なのです」
と書いたことを覚えているでしょうか? 今回LIGOという凄まじい検知器を開発できたのは,まさに科学技術の発展・観測技術の発展の最高の成果だと言えます.

レーザ干渉計によって重力波を測定できるというアイデアを思いついたのはレイナー・ワイス,そのアイデアを実現させるために必要なレーザの安定化,つまりさくら4月号4. 科学者にとっての「みる」ことと「はかる」ことで説明した「実験ノイズ」の低減に貢献したのはロナルド・ドリーバーです.この2人は「測る」ことによって重力波を「観る」ための方法を作ることに情熱を傾けたのです.

b. 強い重力下でも一般相対性理論が正しいことが証明されたから凄い

2016年にLIGOが最初に検出した重力波は,太陽の36倍および29倍の質量を持つ2つのブラックホールの合体によって発生したものであることが分かっています.

何故そんなことまで分かるのか不思議ですよね? それこそが理論の力です.

今回のLIGO論文の要約の3ページ目を見て下さい.波状のグラフがありますね.この波を良く見ると,赤い線と灰色の線が重なっていることが分かります.この赤い線が一般相対性理論により計算された重力波の線,灰色の線がLIGOによって観測された重力波の線です.

驚くほどピッタリ重なっていることが分かります.一般相対性理論という理論とLIGOによる観測という実践とが,見事に一致したのです.

そしてこのことから理論的に,今回の重力波が太陽の36倍および29倍の質量を持つ2つのブラックホールの合体であることや,この合体が地球から13億光年離れた場所で発生したことなどが分かるのです.

今回の重力波検出で分かったこと,それは,ブッラクホールの合体という「強い重力」の現象においてもアインシュタインの一般相対性理論が正しいということです.

既に「星の光が太陽によって曲げられる」という現象を観測することによって一般相対性理論が証明されたことを紹介しましたが,星の光が太陽によって曲げられるのは「弱い重力」の現象でした.ですから,これまでは「弱い重力下で一般相対性理論が正しいこと」しか証明されていなかったのです.

それに対し今回の結果では,アインシュタインがその優れた推察力と美意識の下に極めて数学的な考察(つまり数理)を行って作り上げた一般相対性理論が,ブッラクホールの合体という「強い重力」の現象に対しても完璧に「合っている」ことが分かったのです.

一般相対性理論を作ったのはアインシュタインですが,それを元に重力波や宇宙で起こっているブラックホールなどの現象の理論を作った物理学者の1人がキップ・ソーンです.ソーンは,ガリレオの言う「数学の言葉で書かれた自然という書物」に素晴らしい1ページを加えたわけです(ソーンは,クリストファー・ノーランの映画『インターステラー』の科学コンサルタントおよび製作総指揮を担当したことでも有名です).

実は,ソーンと上の2人(ワイスとドリーバー)を合わせた3人がLIGOの創設メンバーです.名前を覚えておくことをオススメします.ノーベル物理学賞の発表できっとこの3人の名前が出てきますよ.

c. 重力波天文学の扉を開いたことが凄い

凄まじい精度の検知器を開発し,重力波の検出に成功して一般相対性理論が強い重力波の下でも正しいことが証明されたのだから,もうLIGOの役目は終わったのでしょうか?

もちろんそんなことはありません.LIGOをはじめとして,日本のKAGRAなど世界中の重力波検知器の仕事は,むしろこれからが本番なのです.

どういうことでしょうか?

重力波を検知できるようになったということは,さくら5月号5. 「はかる」ことによって「みる」の表現を使えば,重力波を視ることが出来るようになったということです.ということは,それは重力波「によって」視ることが出来るようになったことを意味しています.

実際,今回のLIGOの重力波初検出においては,「地球から13億光年離れた場所で太陽の36倍および29倍の質量を持つ2つのブラックホールが合体した」ことがまるで見てきたかのように分かりました.これは凄いことです.

人類は科学の発展によって,可視光以外の光を利用して対象を視るサーモグラフィやレントゲンなどの技術を手に入れました.また,電子顕微鏡のような光以外のものを利用して対象を視る技術も手に入れてきました.

そしてとうとう,重力波によって対象を視る技術を手に入れるに至ったのです.

別の言い方をすれば「重力波の眼」を手に入れたのです.

重力波の眼を手に入れたことで,何が起こることが期待されるでしょうか?

それは,天文学の飛躍的発展です.

これまでも,光以外の方法で宇宙を観測する方法はありました.皆さんも良く知っているはずのニュートリノを用いた観測がその代表です.

ニュートリノを用いて光の届かない宇宙の奥底を調べる天文学を「ニュートリノ天文学」と言います.これについて詳しく説明し始めるとまた大変なのですが,2002年にニュートリノ天文学の開拓者の 1人である小柴昌俊がノーベル物理学賞を受賞したことを知っているスカウトは多いでしょう.2015年にも,ニュートリノ天文学および素粒子物理学におけるブレイクスルーであったニュートリノ振動の発見に対して,梶田隆章がノーベル物理学賞を受賞しています.

日本人はニュートリノ天文学の分野で2つもノーベル物理学賞を受賞しているのです.

ちなみに,2008年に大腸癌で亡くなった戸塚洋二はもし生きていれば,梶田及びアーサー・B・マクドナルドと共に,2015年のノーベル物理学賞を3人同時受賞していたはずです.自然科学関係のノーベル賞は1度に3人まで受賞者を選ぶことが許されていますが,2015年のノーベル物理学賞受賞者は梶田とマクドナルドの2人でした.これは,ノーベル賞選考委員会が戸塚の分を空けておいたという見方があります.

戸塚は自身の癌の経過記録をブログに残しています.これは大変感動的な内容で,『がんと闘った科学者の記録』というタイトルで出版もされています.科学者にとっての「観察」とはどういうものなのかがよく分かりますし,私が次に計画しているこのさくらエッセイシリーズの内容にも関わるブログor本なので,興味があるスカウトは是非とも読んでみてください.

話がまた逸れました.重力波に戻しましょう.

重力波はニュートリノによる天体観測以上のインパクトを天文学にもたらしてくれることが期待されています.今や重力波によって宇宙の様々な現象を「観る」ことが出来るようになったのです.いまだ謎の多いブラックホールの正体やビッグバンなどの宇宙誕生の秘密を,重力波による天体観測で明らかにすることが出来るかもしれません.

「重力波天文学」の扉が開かれたのです.

重力波天文学は,光でもニュートリノでもなく重力波によって宇宙で起こっている興味深い現象を探す学問です.これによって我々は,宇宙を視るための「新たな眼」を手に入れたことになるのです.

2017年さくら8月号8. ニュートンと数理物理学(=数学+物理学?)で述べたように,「ニュートンは世界の中に数学を見た,あるいは,数学によって世界を観」ました.それと同様に,今から100年前にアインシュタイもまたリーマン幾何学を使った一般相対性理論によって宇宙の中に数学を見た,あるいは,数学によって宇宙を観ました.そしてそのようなアインシュタインの「数学の眼」が,100年後の私達に「重力波の眼」をもたらしてくれたと,そんな風に考えても良いかもしれません.

「重力波の直接観測」がいかに凄いかの説明は以上です.

いかがだったでしょうか? 今年のノーベル物理学賞は重力波の直接観測しかないような気がしてきましたか? 重力波の直接観測という偉業には,観察と推論あるいは理論と実践にまつわる様々な物語が流れ込んでいることが納得できたのではないでしょうか.

それでは,10月3日のノーベル物理学賞発表を待ちましょう.

2017年9月20日追記

本エッセイの第1稿を書いたのは今年の3月.その時点で,LIGOが発表した重力波観測の例は2つでした.

1例目は,上述のように太陽の36倍および29倍の質量を持つ2つのブラックホールの合体によって発生したもの.

2例目も2つのブラックホールの合体で,太陽の14倍と8倍の質量でした.

今年の6月には,また2つのブラックホールの合体による重力波発生がLIGOから発表されました.太陽の32倍と19倍の質量で,3例目の観測となります.

いよいよ,重力波天文学が軌道に乗ってきた感がありますね.

そして2017年9月20日現在,LIGOは4例目の重力波観測の発表を準備しているようです.しかも,今回は過去の3例と違って,2つのブラックホールの合体ではなく,2つの中性子星の合体による重力波発生だそうです.さらに今回は,イタリアのVirgoという,LIGOとは別の天文台も同じ重力波を捉えた模様です.

中性子星同士の合体で発生する重力波は,ブラックホール同士の合体で発生するそれとは波の形が違います.理論的に(シミュレーションによって)予測されている2つの中性子星の合体による重力波の形を実際の観測結果と突き合わせることで,アインシュタインの一般相対性理論のさらなる検証が進むことになります.また,中性子星同士が合体するときに何が起こっているのか,この宇宙の姿がまた1つ明らかになるでしょう.

それに加えて,LIGOの2基とVirgoの1基を合わせた3基の天文台で同時に1つの重力波を観測出来れば,さくら2016年3月号測量の話で少し紹介した三角測量の要領で,早くて正確な重力波発生源の特定が可能になると期待されています.このことも,今後の重力波天文学にとって重要になってくるはずです.

4例目の重力波観測が,ノーベル物理学賞受賞に花を添えることになりそうですね.10月3日まで,LIGOのホームページをチェックしながら待つのも良いと思います.

2017年9月28日追記

米国時間2017年9月27日,4例目の重力波観測が正式発表されました.

9月20日時点での噂とは異なり,中性子星同士の合体によるものではなく,太陽の31倍と25倍の質量を持つ2つのブラックホールの合体による重力波です.中性子星同士の合体らしいという話はガセネタでしたが(私も騙されました),LIGOの2基とVirgoの1基を合わせた3基の天文台による同時観測であることは本当でした.

まだ日本語の解説記事は出ていませんが,論文のFIG. 3(図3)を見ると,三角測量の要領で,重力波発生源の推定領域が約90%絞られたようです(FIG. 3の黄色の予想領域が,Virgoとの連携により緑の領域にまで絞られた).素晴らしい結果です.

中性子星同士の合体は,ノーベル物理学賞受賞以降におあずけですね.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要