Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Nov. 2017:B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―(おまけ1)

無事(?),重力波が2017年ノーベル物理学賞を取りました.重力波受賞のニュースを知ったときの感慨が,このエッセイによって少しでも深まってくれていたら良いなと思います.

ノーベル物理学賞の受賞者は3人,レイナー・ワイスとキップ・ソーン,そしてバリー・バリッシュです.2017年さくら10月号12. 重力波によって宇宙を観ることでは

「ソーンと上の2人(ワイスとドリーバー)を合わせた3人がLIGOの創設メンバーです.名前を覚えておくことをオススメします.ノーベル物理学賞の発表できっとこの3人の名前が出てきますよ」
と書きましたが,ドリーバーではなくバリッシュが受賞しました.なぜならドリーバーは,私が本エッセイの第1稿を書いた直後の2017年3月7日に亡くなっているからです.

ドリーバーの代わりにバリッシュが受賞した,などと言いたいわけではありません.バリッシュがLIGOに対して果たした貢献はノーベル賞に値するものです(この3人の人選については,関係者の間でも異論の無いところのようです).

そもそも,LIGOのような大規模物理学実験プロジェクトでは,関わる研究者の数が膨大です.最初の重力波観測の論文の11ページから13ページを見てください.この論文の執筆者(Author)がズラーっと列挙されています.貢献度にそれぞれ違いはありますが,実質的にはこのメンバー全員にノーベル賞の栄誉が与えられたと言って良いでしょう.

その上で,やはりドリーバーは特別な存在です.2017年さくら10月号12. 重力波によって宇宙を観ることで紹介したように,梶田とマクドナルドが2015年のノーベル物理学賞を受賞した時,癌ですでに他界していた戸塚を追悼するかのように3人目の受賞枠が空いていました.

今回ノーベル賞選考委員がそのような計らいを一瞬でも検討したかどうか,もちろんそれは分かりません.しかし,ドリーバーがあと7ヶ月長生きしていればノーベル賞を受賞していたであろうことは,追悼の意味を込めて強調しておきます.

さて,ノーベル物理学賞受賞から2週間後の2017年10月16日,LIGOが5例目の重力波を検出しました.今度こそ中性子星同士の合体により発生した重力波の観測です.

2017年さくら10月号12. 重力波によって宇宙を観ることで紹介したように,LIGOの2基とVirgoの1基の連携による三角測量によって,中性子星合体が宇宙のどこで発生したのかがレーザ干渉計による重力波検出の直後に詳しく分かりました.その結果,重力波を検出してからすぐに,地球上あるいは宇宙ステーション上に散らばる従来の天文台(電磁波によって宇宙を視る天文台)に,「宇宙のこの辺で中性子星合体が発生したから,そこを観測してくれ」という情報を流すことが出来ました.

重力波天文台と従来の電磁波天文台との連携は大成功を納めました.2017年さくら5月号5. 「はかる」ことによって「みる」でもその一部を紹介した,ガンマ線・X線・紫外線・可視光線・近赤外線・赤外線・電波といった幅広い波長の電磁波(光)によって中性子星合体が観測され,非常に多くのデータを集めることが出来たのです.

つまり,三角測量による中性子星合体の「現場」発見のスピードが十分に早かったために,中性子星合体という「事件」が終わる前に他の天文台を「現場」に駆けつけさせることが出来たということになります.

様々なことが分かりました.例えば今回の観測で,鉄より重い金や白金などの金属が中性子星合体によって作られるらしいことが確かめられました.今までは,これらの金属が宇宙のどこでどのように作られたのか,はっきりしていなかったのです.

今後も重力波天文台は,電磁波天文台やニュートリノ天文台と今回のような連携を続けていくことで,我々を感動させる天体観測を次々と行ってくれることでしょう.

13. 再びB-Pとホームズ,そしてアインシュタイン

2017年さくら3月号から始まった,全8回12パートのエッセイをまとめたいと思います.

LIGOやVirgoなどの重力波検知器は,人類に今まで探せなかったものを探させる眼を与えてくれました.ところで「検知器」あるいは「探知機」は英語で何と言うでしょうか?

答えは"detector"です.この単語,何かと似ていませんか? そう,このエッセイの一番最初,2017年さくら3月号1. B-Pとシャーロック・ホームズで書きましたが,ホームズのような「探偵」を英語では"detective"と言うのでした.

"detector"と"detective"は共に,「発見する・検出する」という意味の"detect"から派生した名詞です.ホームズもLIGOも,観察と推論の結合によって何か目的のものを探す点で共通しています.この意味で確かに"detective"と"detector"は同じなのです.

そしてこの「同じさ」の中に,私はB-Pが観察と推論ということで言いたかったことを読み取りたいと思いました.

それではこれまでの12のパートで,何が書かれていたのかを振り返ってみましょう.

2017年さくら3月号1. B-Pとシャーロック・ホームズでは,少年が良き市民になるためには観察力と推論力のトレーニングが重要である,とB-Pが考えていたことを紹介しました.このことは,「時代や地域を超えて普遍的に重要」だと考えられます.

しかしそうは言っても『Scouting for Boy』は109年前の本です.「コンピュータやGPSなどの便利な道具に囲まれた21世紀」の我々は,B-Pの言ったことを再定義しなければなりません.

2017年さくら3月号2. ホームズの科学捜査では,観察と推論について説明するときにB-Pが利用したホームズやズールー族のイメージを紹介しました.そこではホームズの特徴が科学捜査にあったことを示すことで,科学とは正反対のアウトドアなイメージで捉えられがちであろうスカウト運動が,実は科学と共通点を持っていることを示唆しました.

科学とスカウト活動,あるいは理論(勉強)と実践(アウトドア)とを対立させてイメージするのは,スカウト活動の現代における再定義にとって好ましくないと考えたからです.

2017年さくら4月号3. 「みる」ことでは,普段何気なく実行している「みる」という実践が,実は知識や理論に強く依存しているということを紹介しました.そしてそのことを通じて,多くのプロフェッショナルが実は「みる」こと,すなわち観察の技術を高めた人たちであることを示し,観察の重要性を現代風に再解釈しました.

2017年さくら4月号4. 科学者にとっての「みる」ことと「はかる」ことでは,ニュートンを例にとり,科学者にとっての観察が非常に強く「推論」と結びついていることを,また,観察と推論が入り混じった試行錯誤のことを「推察」と呼びうることを紹介しました.

また,科学における推察の方法として「実験」や「観測」を紹介し,良い実験や良い観測を行う科学者は「ノイズ」と戦っていることを説明しました.

さらに,実験や観測において行われるのは具体的には「はかる」ことであることを示しました.

2017年さくら5月号5. 「はかる」ことによって「みる」では,普通の意味で人間がものを「視る」ということを超えた,より広い意味での「みる」という行為があることを紹介しました.そしてこの広い意味での「みる」を特徴づけるためには,「はかる」ことによって「みる」のだという認識が大事であることを示しました.

このような広い意味での「みる」の実践は,科学技術の発展によって,ある種の達人や動物だけでなく普通の人間にも可能になりました.このパートではそのような「みる」ための科学技術について,具体例をいくつか説明しました.もちろんこのことは,重力波天文学への伏線でもあります.

2017年さくら6月号6. 論理=演繹=推論と幾何学では,B-Pが重要視したもう1つの要素である「推論」について,数学を題材に解説しました.推論の英語訳である"deduction"には「演繹」という意味があることから始めて,三段論法のような演繹(=論理的推論)こそが推論の洗練された形であることを説明しました.

また,そのような演繹を最も精確かつ高度に行う学問として,数学,特にスカウトの皆にとって最も馴染みが有ると思われる幾何学(図形)を題材に取り上げました.

幾何学を紹介した理由は,スカウト技術の1つである「地図とコンパス」あるいは2016年さくら3月号に書いた「測量」と深く関係していること,および,アインシュタインの一般相対性理論を説明するときにリーマン幾何学が登場することにあります.

2017年さくら7月号7. 数学の自由では,数学においては演繹(=論理的推論)さえしっかりしていれば,公理を自由に選んで良いことを紹介しました.そういう意味では,数学は実践に役立つかどうかとは無関係の単なる「ゲーム」に過ぎません.

それにも関わらず,単なるゲームに過ぎないと思われた数学が後になって実践に役立つことが歴史上何度もあったこと,そしてその具体例としてブール代数とコンピュータの話をしました.数学はその自由さのおかげで,推論が観察よりも,あるいは理論が実践よりも圧倒的に先んじるということが起こりやすいのです.

もちろんこれは後のパートで,一般相対性理論(観察・実践)よりもリーマン幾何学(推論・理論)が先んじていたこと,あるいは重力波の観測(観察・実践)よりも一般相対性理論(推論・理論)が先んじていたことに繋がっています.アインシュタインの一般相対性理論は,リーマン幾何学から見れば観察あるいは実践ですが,重力波の観測から見れば推論あるいは理論なわけです.

いずれにせよ,これらは観察・実践よりも推論・理論が先行した例になっており,それは数学の自由さに依るところが大きいのです.

また,数学における公理の選び方が,日常の観察から離れて自由である,ということも重要です.言うまでもなく,特殊相対性理論や一般相対性理論に見られるアインシュタインの自由な観察(=思考実験)は,数学のこの自由さから来ています.

別の言い方をすれば,アインシュタインは数学的な推論能力,すなわち数理力を持っていたからこそ,非日常的な観察をすることが出来た.そして,自然界に潜む常識外れの真理(物理法則)を次々と明らかにしていったのです.

そしてこれはホームズでも同じです.ホームズは演繹的な推理を極めていたからこそ,日常の観察から得られる常識に囚われることなく,「突拍子も無い」トリックに気付くことが出来たのです.それは,数学者が「突拍子も無い」公理を採用するのに似ているのです.

2017年さくら8月号8. ニュートンと数理物理学(=数学+物理学?)では,再びニュートンを例にとり,(数理)物理学者が推論(=演繹)を行うときに数学を使うことを紹介しました.さらに,そこで言う「数学を使う」ことの意味は,単に「数学を道具として使う」ことよりももっと深い内容を持っていること,そしてそれはガリレオの「自然という書物は数学の言葉で書かれている」という有名な言葉に関わることを説明しました.

自然と数学の関係について(数理)物理学者が持っている感覚,すなわち「自然の中に数学が宿っている」という神秘的な感覚は,自然の中に宿っている数学的構造を観察および推論によって見抜く能力を身に付けて初めて得られるものです.

そしてこのことは,アインシュタインが推察(=観察+推論)によって,光や重力という自然現象の背後にどのような非日常的数学的真理(物理法則)を「みて」とったのかに繋がります.

また,このような自然の(数学的)神秘の紹介は,特殊相対性理論および一般相対性理論に迫るときにアインシュタインが,実践に関わる有用性では無く理論に関わるある種の美意識をモチベーションとしたことへの緩やかな伏線にもなっています.

2017年さくら8月号9. アインシュタインの思考実験と美意識では,天才の代名詞であるアインシュタインの特徴として思考実験による観察と推論,および物理的な美に対する感受性を紹介しました.

そこでは,物理学という理性的あるいは合理的な営みの中に美意識とか感受性といったものが入り込んでくることの神秘について述べ,それは「自然の中に数学が宿っている」ということの神秘と響きあっていることを説明しました.

2017年さくら9月号10. アインシュタインの重力では,アインシュタインおよびアインシュタインが作った重力の理論=一般相対性理論を紹介しました.一般相対性理論においてリーマン幾何学がいかに重要か,また,一般相対性理論という重力理論の中にリーマン幾何学という数学が「宿っている」ということに対して,アインシュタインがいかに深い感銘を受けたかを説明しました.

アインシュタインの推察力と美への感受性が,自然の中から一般相対性理論およびリーマン幾何学を引き出したのです.

2017年さくら10月号11. アインシュタインの時計、B-Pの時計では,一般相対性理論という理論にとっての実践について説明しました.

そこでは,一般相対性理論(推論・理論)に対する最初の検証実験(観察・実践)として有名なエディントンの皆既日食観測の紹介に続いて,昨年発表された光格子時計の話をしました.

光格子時計は,人類の「時間をはかる」ことに関する科学技術の1つの到達点であり,また同時に,理論と実践の融合ということでは最高の見本と言えるものです.そしてこれは,重力波検出における「距離をはかる」精度の凄まじさと対をなしています.

さらにここでは,B-Pと腕時計にまつわる話もしました.それは「本筋からは一見外れる雑談」だと言いましたが,もちろんこのエッセイとは深く関係しています.分かりやすいところで,腕時計="wrist watch"が「みる」ことと「(時間を)はかる」ことを融合させた発明であることには皆さん気付かれたと思います.

しかし本当に大事なのは,そこで「"watch"的時間管理」・「"watch"的な態度」と呼んだ,スカウト活動を通じて少年が身に付けるべきだとB-Pが考えた(と,私が解釈した)抽象的なスキルが,「時代や地域を超えて普遍的に重要」だということです.抽象度が高いほど普遍性の高いスキルになることは,科学における普遍性がその抽象性によって担保されていることと響き合っています.

ついでに言えば,科学,その中でも特に物理の普遍性を担保する抽象性,さらにその抽象性を担保するのが数学でした.抽象性や普遍性,そして自由を確保するために数学がいかにストイックな態度をとっているかについては,すでに述べた通りです.

2017年さくら10月号12. 重力波によって宇宙を観ることでは,重力波を紹介しました.今年2017年のノーベル物理学賞が「重力波の直接観測」だという予言からこのエッセイは始まっていますから,このパートこそが本エッセイのクライマックスです.

そこでは,一般相対性理論(推論・理論)に対する検証実験(観察・実践)の中でも,アインシュタインが重力波を予言してからちょうど100年後の2016年に発表された重力波の直接観測が,あらゆる意味で重要かつ驚異的であることを説明しました.具体的な説明は以下の3つに分けて行いました.

  • a. 重力波を観測するための検知器の精度が凄い

    LIGOのレイナー・ワイスとロナルド・ドリーバーの2人が,「測る」ことによって重力波を「観る」ための方法を作ること,すなわち観察および実践に情熱を傾けました.

  • b. 強い重力下でも一般相対性理論が正しいことが証明されたから凄い

    LIGOのキップ・ソーンがアインシュタインの理論を発展させること,すなわち重力波についての推論および理論を準備しました.

  • c. 重力波天文学の扉を開いたことが凄い

    重力波観測によって我々人類は「新しい眼」を手に入れました.そしてこの新しい眼によって,未だ謎の多い宇宙の姿が今後明らかにされることが期待されています.

以上がこれまでのまとめです.

では,これら12個のパートを通して,一体何が示されたのでしょうか? 2017年さくら3月号の最初のパート:1. B-Pとシャーロック・ホームズで,

「『Scouting for Boys』には,109年前のイギリスの少年にとっても,コンピュータやGPSなどの便利な道具に囲まれた21世紀の日本の少年にとっても,変わること無く大切なことがたくさん書かれている」
と書きました.この「変わることなく大切なこと」をめぐって,私はこの長いエッセイを書いたつもりです.

それは観察と推論という対,あるいは理論と実践という対に関する抽象的な能力のことです.

その抽象的な能力の重要性を具体的に示すために,様々なプロフェッショナルの話や,科学・数学・物理の話,ホームズやアインシュタインの話,(我々が普段から便利に使っている)コンピュータやGPSや腕時計の話,そして重力波の話があったのです.

B-Pの話から始まってアインシュタインおよび重力波の話まで,スカウトの皆はこれを強引な連想ゲームのように思うでしょうか?

「スカウティングで得られる能力は,一般相対性理論と本当に関係しているのだろうか?」
と疑問を持つでしょうか?

私の考えでは,この問いは問い方自体が適切ではありません.次のように問うべきです.

「スカウティングで得られる能力を,一般相対性理論でも何でも,これからの自分の人生で重要となる事柄に関係付けて役立てられるだろうか?」

これは,2017年さくら9月号10. アインシュタインの重力で書いた,算数や数学についてよく言われる

「こんな難しいことやって何の役に立つのか?」
という言葉についても同様です.これも,
「自分にとって数学は役立つのか?」
と問うべきではなく
「自分は数学を役立てられるのか?」
と問うべきなのです.それがアインシュタインが持っていたと想像される態度であり,つまり「教養」ということなのだろうと思います.

次に,2017年の物理学賞以外のノーベル賞について,本エッセイと絡めた「強引な連想ゲーム」をやってみようと思いますが,長くなったのでおまけ2に続けます.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要