Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Jan. 2018:科学と詩 第1回

あけましておめでとうございます.

2017年は「キャンポリー」と「重力波」の年(?)でした.2018年はどんな年になるでしょうか.今年も様々なことが起こり,色々な情報が入ってくるでしょうが,それらを一々楽しんでいきたいものです.

さて,新連載です.2018年は,昨年のB-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―でほとんど見過ごされてきた,ある対立について考えます.

それは,「科学」と「詩」の対立です.

昨年のエッセイを読んでくれたスカウトは,「アインシュタイン」が観察と推論を通して「B-P」と結びつきうることをある程度納得してくれたと思います.

しかしそれでも,何か違和感が残っているのではないでしょうか? それは,科学や数学,あるいは理論や論理や合理性といった「お堅い」領域と,アウトドアやアート,あるいは実践や美や感受性といった「柔らかい」領域のイメージが,どうにも結びつかないことからくる違和感ではないでしょうか?

ここでは,前者のお堅い領域のイメージを「科学」,後者の柔らかい領域のイメージを「詩」と呼びます.

我々は科学と詩とを,ついつい「相容れないもの」として捉えてしまいがちです.学者の「学者らしい喋り」を心の無いロボットのようだと感じたり,芸術家の「芸術家らしい振る舞い」を根拠無く好き勝手やってるだけの無価値なものと判断したり.

あるいは学生時代に算数・数学が苦手だった人が「数学…うぇ」とか「数学とか全然分からないっす(笑)」とか言う時の,その言葉の背後に見え隠れする数学への憎悪や,いわゆる「頭の良い人」が友達や恋人やパートナーの「感情的な反応」をバッサリ切り捨てる時の冷酷さに,この「相容れなさ」が現れています.

しかしそれは本当に相容れないのでしょうか?

そんなことはありません.そんなことは無いのですが,しかし科学と詩の「相容れない感じ」をサッパリ拭い去るのはなかなか難しい.難しいですが,拭い去ることができれば,世界の見え方は素晴らしく豊かになるはずです.ですから,これからこの連載で行うことは,この「相容れない感じ」を少しでも消す試みなのです.

色々な話題を展開することになるでしょう.

おそらく,谷川俊太郎の話をします.ナイチンゲールの話をします.SFの話をします.しかし,最も重要な参照先は,やはりB-Pです.

B-Pの人生哲学,B-Pの名前,B-Pの父が,科学と詩を結びつけることになるはずです.

B-Pが科学と詩の融合を目指していたことを示す,あるいは「捏造する」ことが,さくらで本連載を行う意義だと思っています.

では,内容に入りましょう.B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論― 『Scouting for Boys』から始めたように,今回もB-Pの著作から話を始めたいと思います.

1. Rovering to Success

『Rovering to Success(ローバーリング・ツウ・サクセス)』という本があります.1922年から発表された,『Scouting for Boys』に次ぐB-Pの代表作です(2017年12月現在,wikipediaに日本語の項目が存在するB-Pの著作は,この2冊だけです).

私はローバー隊の隊長ですが,18歳から25歳までの「大人の」スカウトを意味する「ローバー(Rover)」は,B-Pのこの著作からとられています.

ちなみに,ローバー隊長は英語では"Rover Advisor"と言います.ビーバー隊からベンチャー隊までの各隊長は"Leader"なのにローバー隊長だけ"Advisor"と呼ばれるのは,スカウトの中でローバー(Rover)が大人と見做されていることを意味しているのです.

では"Rover"とはどういう意味でしょうか?

ボーイスカウト運動において,"Rover"は「人生の旅人」を意味しています.したがって,"Rovering to Success"は「人生の成功を目指す旅」というような意味になります.この本に出てくる「自分のカヌーは自分で漕げ(Paddle your own canoe)」という有名な言葉は,人生の成功という目標に向かって"rovering"するための心構えを表しているのです.

2. Rover

さて,この"rover"という単語ですが,本来の意味は「さまよう人」です.別の英語では"wanderer"とも表現できます.この本来の意味から転じて,「浮浪者」や「海賊」といった意味もあります.しかしここで面白いのは,「惑星探査車」あるいは「(GPSにおける)移動局」という意味があることです.

2.1. 惑星探査車

惑星探査車とは,つまり地球外の星を人類が探索するときに用いられる車のことです.

例えばNASAは1997年7月4日の初成功から2017年現在までに,4台のローバーを火星に着陸させました.これらのローバーは火星探査車(Mars rover)と呼ばれており,もちろん人間は乗車していませんが,撮影した火星の写真を地球に送っています(皆さんも見たことがあるのではないでしょうか?).

人間が乗るローバーは,アポロ計画のときに月面で使用されました(2017年現在,人類が到達した地球外の天体は月だけです).こちらのローバーは"Lunar rover"と呼ばれています.

小山宙哉のSF漫画『宇宙兄弟』には"Lunar rover"がたくさん出てきます.ただし,漫画中ではローバー(rover)とは別にバギー(buggy)あるいはビートル(beetle)という単語も使われています.それぞれの単語がどう使い分けられているのか考えてみると面白いでしょう."buggy"も"beetle"も「虫」に関係した単語です.

また,2016年さくら3月号測量の話で紹介した映画『オデッセイ』は火星が舞台ですが,そこでは人間が乗る"Mars rover"が活躍します.

これらの漫画や映画を観れば,地球外惑星という「未開の地(frontier)」を舞台にしたSF作品において,"rover"がしばしば「開拓者(pioneer)」のイメージを伴って描かれ,重要な役割を果たすことが分かるでしょう."rover"は「勇敢」なのです.

2.2. 移動局

つづいて移動局とは何か説明しましょう.移動局とは,2017年さくら9月号10. アインシュタインの重力で紹介したGPSにおいては,移動しながら信号を発信する,位置を特定するべき対象のことを指します.

例えば皆さんがスマートフォンのGPSを使って自分の現在位置を確認する場合には,皆さん自身(正確にはスマートフォン)が移動局(rover)です.あるいは,カーナビを使っている場合には車が移動局(rover)ということになります.

GPSを使ったことがあれば分かる通り,移動局は「ふらふら」しています.すなわち,科学の力で位置を把握するべきふらふらした対象,というイメージで"rover"という単語が使われているわけです.

このような位置の把握のことを「測位(positioning)」と言います.「位置を測る」ということです.この単語を使えば,GPSにおける移動局(rover)は,「ふらふらと気まぐれに動いていながら,常に測位され管理され続ける存在」と説明することが出来ます.

以上の2つ,惑星探査車と(GPSの)移動局としての"rover"のイメージは重要です.

B-Pが"Rover"と言うとき,まず第一に「ふらふらした人生のさまよい人」という意味があります.「自分探し」のようなイメージです.

しかしその自分探しは,不安の中で闇雲に行われるものではありません.惑星探査車のような開拓者(pioneer)であること,そして(GPSの)移動局のような測位され続ける存在であること.それはB-Pが,"Rover"は勇敢かつ慎重であるべき,あるいは,自立かつ自律したスカウトであるべきだと,そのように考えたことを意味しているように思われるのです.

もちろん,B-Pが"Rovering to Success"を著した1922年には惑星探査車も(GPSの)移動局もありませんから,B-Pがこれらのイメージを"Rover"に込めたというのはある種の捏造です.しかし"Rovering to Success"のような「古典」を読むときにはこのような捏造こそが必要である,ということは2017年さくら12月号14. 2017年ノーベル賞についての連想ゲームの最後で書いた通りです.

そう,"Rover"は常に新しく,常に活き活きとした姿でイメージされ続けなければならない.さらにもう1歩イメージを進めてみましょう.

(GPSの)移動局は測位される存在であると言いましたが,測位よりもさらに抽象的な言葉として「定位(localization,orientation)」があります.測位が「位置を測る」のに対して,定位には「位置や時間,さらには周りの人間関係や自分の置かれた状況を正確に把握する」という,より広いニュアンスがある.そのことは,"positioning"に比べて"localization"という単語の抽象度が高いことから分かるのです.

ちなみに,定位の英訳(の1つ)である"orientation"は,ボーイスカウト活動でもお馴染みの「オリエンテーリング(orienteering)」と同じ"orient"からきています.その意味は「方向付ける,適応させる(する),(正しい位置に)合わせる」,あるいは「極東」(つまり東アジア,特に日本)です."orient"の語源はラテン語の"oriri"で,これは「昇りつつある(太陽)」という意味ですから,そこから「方向付ける」や「極東」という意味が生まれたわけです.

2017年さくら9月号10. アインシュタインの重力において,GPSは実は位置とともに時間も精密に測定していることを説明しました.そうであるならば,(GPSの)移動局である"rover"は,測位というよりも定位されるべき存在なのだと言ってもよいでしょう.つまり,"localize"し"orient"するのであり,そのためのトレーニングの1つとして"orienteering"をやるのです.

4次元時空間における自らの位置.そして社会や人間関係や自らの目標の中における状況.それらを常に正確に把握し,自分で自身を定位し続けること.2017年さくら12月号14. 2017年ノーベル賞についての連想ゲームで紹介した言葉を使えば,自己言及的に定位し続けることを通して,勇敢に(蛮勇ではなく)道を切り開いていく存在.それがB-Pの考えた"Rover"の現代的イメージなのです.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要