Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Feb. 2018:科学と詩 第2回

3. Success

"Rover"という言葉のイメージは分かりました.では,そんな"Rover"は,いったい何を目標に道を切り開いていくのでしょうか?

『Rovering to Success』という著作のタイトルから分かる通り,その目標とは「成功(success)」です.しかし"success"とは一体なにか?

これに関して,B-Pが『Rovering to Success』の中で述べた,以下の有名な「解答」があります.

THE ONLY TRUE SUCCESS IS HAPPINESS

What is success?

Top of the tree? Riches? Position? Power?

Not a bit of it!

These and many other ideas will naturally occur to your mind. They are what are generally preached as success, and also they generally mean overreaching some other fellows and showing that you are better than they are in one line or another. In other words, gaining something at another's expense.

That is not my idea of success.

My belief is that we were put into this world of wonders and beauty with a special ability to appreciate them, in some cases to have the fun of taking a hand in developing them, and also in being able to help other people instead of overreaching them and, through it all, to enjoy life ― that is, TO BE HAPPY.

That is what I count as success, to be happy. But Happiness is not merely passive; that is, you don't get it by sitting down to receive it; that would be a smaller thing ― pleasure.

But we are given arms and legs and brains and ambitions with which to be active; and it is the active that counts more than the passive in gaining true Happiness.

たった一つの真の成功とは幸福になることです

成功とは何か?

組織のトップに立つことですか? 金持ちになることですか? 地位を得ることですか? 権力を持つことですか?

否,まったく違います!

これらのものを含め,様々な考えが君たちの頭に自然と浮かぶことでしょう.一般に,これらのことこそが成功であると刷り込まれています.あるいはそれは,他の人々を出し抜くということでもあり,また,仲間であるかどうかに関わらず,他の人々よりも君たちの方が優れていることを見せつけるということでもあります.言い換えれば,他の人々を犠牲にして手に入れるものです.

そのようなものが成功とは,私は考えません.

私の信じるところでは,我々は,この驚異と美に満ちた世界に,それらを正しく認識することのできる特別な能力を持って生まれてきたのです.それは例えば,世界の驚異と美の解明と発展に関われることを喜びに感じる能力であり,また,他の人々を出し抜くのではなく助けることができる能力でもあります.そしてそれらを通して人生を楽しむことができる.― これこそが「幸福になる」ということなのです.

以上が,幸福になることこそ成功であると私が考える根拠です.しかし,幸福は単に受動的なものではありません.つまり,座ってただ待っていても手に入れることは出来ないのです.座ってるだけで手に入れられるのはもっとつまらないもの,― 快楽にすぎません.

しかしながら,私たちには能動的に行動するための腕,脚,頭脳,そして志が備わっています.したがって,受動的であることよりも能動的であることが真の幸福に通じているのです.

この言葉の中で重要なのは「認識(appreciate)」です.B-Pは認識こそが真の成功,すなわち幸福に至る鍵だと考えていたのです.

では認識とは何か?

私の考えでは,認識には2種類あります.「科学的認識」と「詩的認識」,あるいは「理系的認識」と「文系的認識」です.結論を言えば,B-Pはこの2つの認識を融合(哲学用語では,止揚・アウフヘーベン)させたところに,真の成功=幸福があると考えたのです.

それはまた,2017年さくら2月号理論と実践2017年さくら3月号から始めた観察と推論の話とも関係します.つまり,認識とは理論と実践の両方,あるいは観察と推論の両方が揃って初めて可能になるというわけです(2017年さくら4月号3. 「みる」ことで紹介した「観察の理論負荷性」の話を思い出してください).

ついでに言えば,科学と詩の対比あるいは理系と文系の対比は「手段と目的」の対比とも重なります.つまり,科学は手段であり,詩は目的を設定する.

  • 科学↔詩
  • 理系↔文系
  • 手段↔目的
  • 理論↔実践
  • 推論↔観察
という対応関係があるのです.

もちろん,これらの対応関係は綺麗に分かれているわけではありません.科学が目的を設定したり,観察が理論に依存したりといったことがあるのは,2017年さくら4月号4. 科学者にとっての「みる」ことと「はかる」ことなどで述べた通りです.

これらの対比それぞれを融合させることが,このさくらの文章で私がずっとやっていることです.そしてそれは,B-Pの人生哲学あるいはB-Pがボーイスカウトでやろうとしていたことでもある,と解釈できる.言い換えれば,そのような解釈の下で『Scouting for Boys』や『Rovering to Success』を読む(読み換える)ことは生産的であると思うのです.

ただし,B-Pが科学と詩の融合を目指したと解釈するには,慎重かつ勇敢な議論・作業が必要です.2018年さくら1月号2. Roverで"rover"という単語から「惑星探査車」および「(GPSの)移動局」という2つの意味を引き出したのは,そのような作業の1つでした.今後もこれを続けていくことになるでしょう.

科学と詩の融合という見方について説明してきましたが,ボーイスカウトでは「科学」の要素が見落とされがちです.そこで以下では,前記B-Pの言葉:"THE ONLY TRUE SUCCESS IS HAPPINESS"の中から,科学的要素を多少強引に見出していきます.

B-Pの考える認識の中に「科学」あるいは「物理」的な要素が入っているらしいということは,「この驚異と美に満ちた世界(this world of wonders and beauty)」や「世界の驚異と美の解明と発展に関われること(taking a hand in developing them)」という言葉に現れています.特に"wonder"という言葉は,「センス・オブ・ワンダー(sense of wonder)」という言葉(SF作品や自然現象に触れたときに引き起こされる不思議な感動を表す言葉)があるように,科学的な世界の見方を強くイメージさせます.

ちなみに,書籍化されている日本語訳の『ローバリング・ツウ・サクセス』では,"taking a hand in developing them"が「世界をよりよくすることに手を差し延べること」と翻訳されています.しかし私の考えでは,この翻訳はB-Pの意図を十分に汲み取れていません.

ここでの"them"は複数形ですから,その指示対象が"world"ではなく"wonders and beauty"であることは明らかです.そして,"beauty"が「詩」に属する言葉であるのに対し"wonder"は「科学」に属する言葉であると解釈すると,ここでの"develop"は「よりよくする」という抽象的なニュアンスではなく,「解明する・発展させる」というニュアンスで捉えるべきだと思うのです.

さらに勇み足を進めましょう.B-Pが"wonders"と"beauty"という言葉を使っていることに注目します.

前者が複数形なのに後者は単数形なのを不思議に思いませんでしたか? これは,"wonder"が可算名詞,"beauty"が不可算名詞であることを意味しています.

可算名詞としての"wonder"の意味は,「驚異」ではなく「驚異的な出来事,不思議なこと,自然界の奇跡」です.他方,非可算名詞としての"beauty"は「美」という意味です("beauties"だと「美人たち」という意味になります).ですから,日本語の語感を優先して"this world of wonders and beauty"を「この驚異と美に満ちた世界」と訳したものの,「この驚異的な出来事の数々と美に満ちた世界」とした方がニュアンスを正確に捉えています.

何を言いたいのか? つまり,ここでの"wonders"と"beauty"とは抽象度が異なるのです.もちろん,"wonders"の方が具体的だということです.

自然界に見られる具体的な驚異的出来事,すなわち日食の原因や虹のメカニズムなど,人間が「頭脳」を使って理解するべき「自然科学的現象」を"wonders"は意味している.それに対して"beauty"の方は,人間が世界を見渡した時に「心」で感じる抽象的なもの,すなわち日食の恐怖や虹の神秘といった「詩情」と呼ばれるものを意味している,と考えられるのです.

この世界の驚異的出来事(wonders)と美(beauty)を"appreciate"し"develop"すること.すなわち科学的な認識と詩的な認識を共に持ち,それらを解明し発展させること.

夏目漱石の小説『こころ』のタイトルがひらがななのは,"mind(知性,頭脳に宿る)"と"heart(感情,心臓に宿る)"の二重の意味を込めたからだ,という解釈があります(漢字表記とひらがな表記の意味および響きの違い,という観点もあります.そちらは後に論じます).それを採用すれば,"mind"と"heart"の融合(止揚,アウフヘーベン)としての「こころ」によって世界を認識(appreciate)することこそ,幸福になるための方法,すなわちB-Pの考える成功(success)だと言えるでしょう.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要