Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Mar. 2018:科学と詩 第3回

4. Vagabond & Planet(es)

B-Pの言葉:"THE ONLY TRUE SUCCESS IS HAPPINESS"を,科学と詩を補助線にして読み解くことで,"Rover"にとっての"success"とは何かを考えてきました.

同じことを,別の方向から考えてみましょう.そうすることで,科学と詩のイメージがより明確になるとともに,「共有と孤独」あるいは「みんなとわたし」という新たな補助線を導入できます.

「別の方向」とは,"rover"と同じような意味の別英単語:"vagabond"と"planet"について調べてみることです.

4.1. Vagabond

"vagabond(バガボンド)"という英語は,聞いたことのあるスカウトが多いのではないかと思います.『SLAM DUNK(スラムダンク)』の著者,井上雄彦による漫画『バガボンド』のタイトルです.原作は吉川英治の『宮本武蔵』.二刀流で有名な江戸時代初期(17世紀初期)の剣術家,宮本武蔵を主人公とした伝記的漫画です.

"vagabond"は"rover"と同じく,「さまよう人」を意味します.しかし同じ「さまよう人」であっても,"vagabond"のニュアンスは"rover"よりもずっと野蛮で泥臭く,「ごろつき」とか「やくざ者」といった意味にもなります.『バガボンド』の主人公宮本武蔵のイメージがまさにそれです.

『バガボンド』の武蔵は,自らにとって「剣」とは何か?「強い」とはどういうことか? といったことを,様々な修羅場をくぐり抜ける中で考えます.それは「自らの人生の問題」について考えるということです.このような問題のことを「実存」の問題と言います.『バガボンド』は,武蔵が剣術を通して泥臭く実存の問題を追いかける物語,と言えます.

実存の問題を追いかけるのは,基本的に孤独な作業です.今風には「自分探し」をイメージしてもらえばいいでしょうか.なにせ考えるのは自身の人生の問題ですから,自分探しが孤独なものになるのは当然です.

そしてこれは,「文学(詩)は個人的なものだ」と言い換えることが可能です.なぜなら文学(詩)は自身の実存についての表現であり,それは根本的には他人に理解されないからです.もちろん,面白い物語を著者の実存と無関係に描く小説は沢山あります.しかしそれは普通「文学(詩)」とは呼ばれません.

以上のことをB-Pの言葉に接続すると,次のことが言えます."vagabond"は詩に属する孤独な存在である.他方,B-Pの言葉の中で"beauty"が単数形であるのは,個人の感情(heart)の働きによって美が把握されるからである.つまり美とは孤独(個人的)なものである."vagabond"=詩=孤独="heart"=美(beauty,単数形)という「等式」が成り立つのです.

そしてそのような"vagabond"にとって,"success"とはつまり実存の問題を解消することです.自分探しを(ひとまず)終わらせることです.平たく言えば「悟り」を得ること.井上雄彦の『バガボンド』はまだ完結していないので,物語の最後がどうなるかは分かりませんが,武蔵のたどり着くであろう"success"が楽しみです.

4.2. Planet(es)

もう1つの英単語"planet"は「惑星」という意味を持ちます.惑星というのは,金星とか土星とか,つまり太陽(恒星)の周りを回っている天体のことを言います(これは正確な定義ではない,というか,そもそも「惑星」の完全に共有された定義は未だ無いようです).

ところで,なぜ「惑う星」と書くのか? それは,太陽の周りを回るこれらの星々を地球から見ると,「行ったり来たり」して「惑う」ような動きを示すからです.

惑星がなぜ「惑う」のか,それを理解するには天動説(地球の周りを太陽を含む他の惑星が回る)と地動説(太陽の周りを地球を含む惑星が回る)の違いを知る必要があります.まさに2016年さくら3月号天地明察の話などで紹介した,古典的な天文学の話です.

ここでは簡単に説明しましょう.

地動説で考えると,太陽から見た惑星は単にグルグル回っています.惑星は別に「行ったり来たり」しないのです.

ところが天動説で考えると,惑星は「行ったり来たり」して「惑って」いるように見える.観察している我々地球人自身が太陽の周りを回っているので,地球から見ると「行ったり来たり」しているように見えるのです.

「惑星(planet)」という名前は,地動説ではなく天動説が正しいと信じられていた時代の名残を留めているわけです.

以上のような名前の由来を持つ「惑星(planet)」ですが,その語源を遡ると古代ギリシア語の"πλανητης(プラネテス,planetes)"にたどり着きます.そしてこの"πλανητης"は「さまよう人」という意味を持っている.つまり,"rover"や"vagabond"と同じなのです(だとすると,「惑星探査車」の意味を持つ"rover"は"planet"の上で2重にさまようことになるわけで,ちょっと面白いですね).

この"πλανητης(planetes)"が科学のイメージを持っていることは,もう分かると思います."vagabond"が詩に属するのに対して,"πλανητης"は天文学の背景を持っているが故に科学に属する.

さらに考えを進めましょう.

惑星(planet)は沢山あります.惑星を含めた宇宙に浮かぶ沢山の星々は,お互いに弱く重力を及ぼし合いながらネットワーク構造(パターン)を形成している.このことは,2017年さくら9月号10. アインシュタインの重力でも少し書いた通り,「宇宙の大規模構造」と呼ばれています.2017年8月の世田谷第5団65周年キャンポリーでは,キャンプファイヤーの最後でガリ勉がそれを「スポンジみたいな構造」と言いました.

実は「沢山ある」ということは科学の条件です.「沢山ある」・「何回も(同じことが)起こる」からこそ,科学は何回も同じ実験や観測を繰り返して,沢山の中から科学的な法則(普遍的な法則),つまり「みんな」が納得して共有出来るこの世界の仕組みを見出すことが出来る.

それは例えば,2017年さくら10月号12. 重力波によって宇宙を観ることで紹介したLIGOの論文:『連星ブラックホール合体からの重力波の観測』の11ページから13ページにかけて記載されている著者名の「沢山さ」を眺めれば分かるでしょう.

"πλανητης"は「普遍性」と結びついているのです.

それに対して"vagabond"は「特殊性」と結びついている.なぜなら,"vagabond"の人生は「1回しかない」からです.「このわたし」は世界中に「1人しかいない」からです.実際,LIGOの重力波論文と違って,詩(あるいは文学)を「みんな」と一緒に共同で書く,ということはまずあり得ません.

「このわたし」の悩み=実存は,他人には分からない特殊なものである.それを普通「僕の気持ちを誰も分かってくれない」と表現するのです.

前回の2018年さくら2月号3. Successで示した通り,単数形・不可算名詞の"beauty"が感情・心臓(heart)で捉えられるべきものだとすれば,複数形・可算名詞の"wonders"は知性・頭脳(mind)で捉えられるべきものです.今回この2つが,"vagabond"と"πλανητης",孤独と共有(「わたし」と「みんな」),特殊と普遍(「 1つだけ」と「沢山ある」)とも重なっていることを示しました.

ついでに言えば,"πλανητης"はネットワーク的で社会的(ソーシャル),つまりソーシャル・ネットワーク的でもある.惑星・宇宙・科学をソーシャル・ネットワークのイメージと結びつけることも,キャンポリーでキャンプファイヤーの最後にガリ勉がやったことでした.これも,科学の持つ「共有」・「みんな」・「沢山ある」のイメージと響き合っています.

柔らかいイメージの「詩」は「わたし」だけが理解できる孤独なものであり,硬いイメージの「科学」こそが「みんな」で共有可能である.このことはなんとなく直感と逆なので,戸惑う人が多いと思います.しかし科学と詩が普遍と特殊あるいは「沢山ある」と「1つだけ」とに対応していることを補助線にすれば,納得できるのではないでしょうか.

ここまでをまとめると,次のようになります.本連載では,このような対応が今後何度も繰り返されるはずなので,心に留めておいてください.

  • "vagabond"=詩=孤独(わたし)=特殊(1つだけ)="heart"(感情,心臓)="beauty"(単数形,不可算名詞)
  • "πλανητης" =科学=共有(みんな)=普遍(沢山ある)="mind"(知性,頭脳)="wonders"(複数形,可算名詞)

ところで,"πλανητης(planetes)"のイメージをテーマにした作品があります.幸村誠によるSF漫画『プラネテス(ΠΛANHTEΣ,PLANETES)』,および,アニメ監督谷口悟朗による同名のSFアニメです.『バガボンド』と同じく,そのまんまのタイトルですね.

『プラネテス』の主人公星野八郎太(ハチ)は,宇宙でデブリ回収(宇宙空間を漂う「ゴミ」の回収)の仕事をしながら,「自分の宇宙船を持つ」という夢を追いかけている男です.注目すべきなのは,全てを捨てて孤独に夢を掴むことと,自分が他者との繋がりの中で生きていることの間で,ハチが惑うことです.つまり,ハチは「わたし」と「みんな」の間で揺れ動きます.

物語の終盤,宇宙の大規模構造を思わせるイメージが出てきて,ハチは1つの「悟り」を得ます.それが具体的にどのようなものなのか,是非とも漫画あるいはアニメを観ていただきたいですが,漫画とアニメの違いでひとつ面白いのは,アニメ版のオリジナル要素として「会社の中のサラリーマン」という要素が前面に出ていることです.つまりそこでは「個人」と「組織」という対立が描かれるのです.

「わたし」と「みんな」あるいは個人と組織の対立を超えてハチが到達した悟り.私の考えでは,その悟りは「みんな」と「わたし」の融合であり,「組織」と「個人」の融合であり,「科学」と「詩」の融合である.つまり,B-Pがやったこと,この連載でやろうとしていることと同じなのです.

* * *

"vagabond"は「詩」,"planet(es)"は「科学」であることの説明は以上です.

ところで,この2つはとても古い単語です."planet"が古代ギリシア語の"πλανητης(planetes)"にまで遡れることはすでに述べましたが,"vagabond"もラテン語まで遡れる言葉です.

対して"rover"はとても新しい.その語源は中世英語あるいは中世オランダ語まで遡れますが,それはコロンブスによるアメリカ大陸「再発見」くらいの年代です.確かに,"vagabond"や"planet(es)"がなんとなく「変な英語」であるのに対し,"rover"はいかにも「英語らしい英語」という感じがします.

そのような新しい"Rover"においては,"success"のイメージも"vagabond"や"planet(es)"におけるそれを包含し,発展(develop)させたものであるべきです.B-Pが『Rovering to Success』を著したとき,きっとそのように思っていたはずです.

繰り返しますが,それは「みんな」と「わたし」の融合,「知性」と「感情」の融合,「科学」と「詩」の融合です.『プラネテス』のハチの到達点,そしてきっと『バガボンド』の武蔵が到達するであろう悟り.この2つの融合が,ローバースカウトの"success"なのです.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要