Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Apr. 2018:科学と詩 第4回

5. None zero sum

3つの英単語:"vagabond"と"planet(es)"と"rover",あるいは宮本武蔵と星野八郎太とローバースカウトは,順に「詩」と「科学」と「科学と詩(の融合)」というベースのイメージに違いはありますが(違いがあるように私は整理しましたが),最終的には共通した"success"に向かっているとも言えます.今回はその共通点を示してみましょう.

共通点のキーワードは,"non zero sum"です.

5.1. ゲーム理論

"non zero sum"の日本語訳は「非ゼロ和」です("sum"は「和」とか「合計」を意味する英語です).非ゼロ和とは,つまり「総和がゼロに非ず」ということです.もっと簡単には,「全部足しても0にならない」ことです.

非ゼロ和は,20世紀に誕生した「ゲーム理論」という数学において使われる言葉です.ゲーム理論と言っても,別にテレビゲームやスマホゲームについての理論ということではなく,もっと広くこの世界で生じている様々な「ゲーム的現象」を数学的に研究する理論です.

様々なゲーム的現象とは,例えば将棋や囲碁やチェス(もちろんテレビゲーム等も含まれます),例えば政治活動や経済活動,例えば生物の生存競争や生態系,そしてもしかしたら恋愛や友情などです. 複数のプレイヤー(人間だったり政党だったり昆虫だったり)が関わって何かが決まるような現象は,おおよそゲーム理論の対象になるのです.

ゲーム理論は,行動経済学以上のインパクトを経済学に与えました.それはB-Pの死から3年後の1944年に出版された,ハンガリー人数学者ジョン・フォン・ノイマンおよびドイツ人経済学者オスカー・モルゲンシュテルンによる『ゲームの理論と経済行動』に始まります.この著者の1人ノイマンはアインシュタインを抑えて20世紀最高の天才と呼ばれることも多く,「悪魔の頭脳」という異名を持っています.B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―に出てきた様々な天才たちとも関係していることが多く,面白い逸話もたくさんある人物なので,是非とも調べてみてください.

約70年前に誕生して以降,ゲーム理論は社会や自然を理解する上で欠かせない数学となっています.ノーベル経済学賞で言うと,1994年にジョン・ナッシュ,ラインハルト・ゼルテン,ジョン・ハーサニの3人が「非協力ゲームにおける均衡分析に関する理論の開拓」に対して受賞して以来,関連する研究も含めて何度も授賞があるのです.

ちなみに,アメリカ人数学者ナッシュは,アカデミー賞を受賞したロン・ハワードによる映画『ビューティフル・マインド』の主人公としても有名です.史実との違いも指摘されていますが,この映画は「科学と詩」というテーマと関連した内容になっていて,おすすめです."A Beautiful Mind"という原題が含む"beauty"および"mind"という英語は,2018年さくら2月号3. Successに出てきました.この2つの単語の融合が何を意味しているのか,この連載に照らして考えながら観ると面白いでしょう.

話が逸れました.ノイマンやナッシュらによって打ち立てられたゲーム理論ですが,そこでは「非ゼロ和ゲーム(non zero sum game)」と「ゼロ和ゲーム(zero sum game)」の2つを区別します.

ゼロ和ゲームの具体例として,2人じゃんけんを考えてみましょう.話をシンプルにするために,どちらかが勝つまで「あいこでしょ」を続けるとします.勝ちを1点,負けを-1点とすれば,2人の点数を足すと常に0点になります.また,2人じゃんけんは「どちらか片方しか勝たないゲーム」ということになります.

一般に「勝負」というのは,その字が示す通り勝ち負けを決めるものですから,ゼロ和ゲームなのです.

他方,非ゼロ和ゲームの具体例としては,物々交換が挙げられます.例えば,あなたは食べきれないくらい大量のお菓子を持っています.それに対してあなたの友達は,飲みきれないくらい大量のジュースを持っています.お菓子は好きですが,ジュース無しだと喉が渇きます.友達の方はジュースだけではお腹が満たされません.

そこで,あなたと友達はそれぞれお菓子とジュースを半分ずつ交換します.このとき,あなたと友達は両方とも得をすることになります.言うなれば,この交換においてはどちらも勝ちなのです.

このようなとき,勝ちのプラスと負けのマイナスが打ち消しあってゼロになる,というゼロ和ゲームとは違って,両方ともプラスになります.するとそれらを足した結果もプラス,つまり総和はゼロになりません.だから,このようなゲームは非ゼロ和ゲームなのです.

長々と説明しましたが,簡単に言えば,勝ち組と負け組が分かれるゲームがゼロ和ゲームです.

他方,勝ち組と負け組に分かれず,「参加者全員が勝つ」ようなゲームのことを非ゼロ和ゲームと呼ぶわけです.これは,別の言葉では"win-win"とも表現できます."win"の翻訳は「勝つ」ですから,"win-win"は「勝ち-勝ち」つまり「両方勝つ」という意味になります.

5.2. 勝ち組負け組

さて,この非ゼロ和(non zero sum)というキーワードですが,これがB-Pにとっての"success"のイメージと同一であることは,2018年さくら2月号3. Successで引用したB-Pの以下の言葉から分かります.

…they generally mean overreaching some other fellows and showing that you are better than they are in one line or another. In other words, gaining something at another's expense.

That is not my idea of success.

…他の人々を出し抜くということでもあり,また,仲間であるかどうかに関わらず,他の人々よりも君たちの方が優れていることを見せつけるということでもあります.言い換えれば,他の人々を犠牲にして手に入れるものです.

そのようなものが成功とは,私は考えません.

ここでB-Pが言っているのは,「勝ち組」が"success"では無い,ということです.そもそも勝ち組と負け組に分かれるようなゲーム,つまりゼロ和ゲーム(zero sum game)に参加すること自体が,B-Pに言わせれば"success"とは程遠いことである,ということです.

2018年さくら2月号3. Successで示した通り,B-Pは「認識(appreciate)」こそが"success"の鍵だと考えていました.言うまでもなく,認識は非ゼロ和ゲーム(non zero sum game)に属します.ある人がこの世界の驚異(wonders)と美(beauty)を認識したからといって,別の人の認識のチャンスが減る,ということは無いからです.

言い換えれば,B-Pは"non zero sum"な世界認識(世界観)を持つことこそが"success"だと考えたのです.

そして,この"success"="non zero sum"というイメージは,『バガボンド』あるいは『プラネテス』にも共通しています.

『バガボンド』の主人公武蔵は,他人に決闘で勝つことを重要視する男でした.自分が強いのか,それとも弱いのか,そればかりを気にする男でした.勝ち続けて,「天下無双」=この世で一番強い存在になるか,それとも負けて死ぬか,その2択しか見えていない.すなわち勝ち組負け組の世界観="zero sum game"でしか人生を考えることが出来なかったのです.

しかし,『バガボンド』が巻をかさねるにつれ,武蔵は変わっていきます.簡単に言えば,勝ち組負け組の世界観を生きることにむなしさを感じるようになり,それに変わる価値を模索するようになります.武蔵はB-Pの考える"success"="non zero sum"に,次第に近づいていくのです.

他方,『プラネテス』の主人公ハチは,自らの夢をかなえるためには他人を犠牲するのもやむなし,という考えに取り憑かれます.他人に優しくするのではなく,他人を蹴落としてでも自分のエゴを押し通す.それくらいの「力強さ」でなければ,大きなこと(野望)は成し遂げられない,というわけです.これもまた,勝ち組負け組の世界観="zero sum game"であることは明らかです.

我々にとってより難しく切実な問題に直面しているのは,武蔵よりもむしろハチでしょう.ハチのエゴイズムに共感する人は,実際少なくないはずです.ハチの考えに従えば,「優しさ」は「甘さ」に,「冷酷さ」は「力強さ」になります.「人に優しくしなさい」とか「お金だけが全てではない」といったことは,小学校の道徳の時間で習うようなことです.しかし大人になって社会の「リアル」を生きていこうとしたとき,そんな基本的な道徳は単なる「お説教」に思えてしまいがちです.大人になっても小学校の道徳を維持し続けるのは,なかなか大変なのです.

ハチもまた武蔵と同様に,単純な勝ち組負け組の世界観からは離脱します.しかし夢を諦めたわけではありません.野望を抱きつつ,"success"="non zero sum"に近づく.そのような贅沢なことをハチはどのようにして実現したのか.『プラネテス』の漫画およびアニメを観て確認して欲しいところです.ただし,『プラネテス』が完全な回答を出せたわけではありません.

その証拠に,作者の幸村誠は『プラネテス』の次の作品である『ヴィンランド・サガ』でも同じテーマを描きます.今度の舞台は宇宙ではなくヴァイキングが活躍した11世紀初頭の北ヨーロッパ.アメリカ大陸で初めて子供をつくった欧州人の1人,トルフィン・トルザルソン(ソルフィン・ソルザルソン)が主人公です(トルフィンをはじめとしたヴァイキングによる北アメリカ大陸上陸は,コロンブスらによるアメリカ大陸「再上陸」より500年近くも先んじていました).こちらの作品もおすすめです.

ちなみに,"rover"には「海賊」という意味もありましたから,ヴァイキングは"rover"そのものだと言うこともできます.幸村は『プラネテス』と『ヴィンランド・サガ』2作続けて「さまよう人」="planet(es)"・"rover"を主人公にしているのです.

武蔵もハチもそしてB-Pも,勝ち組負け組の世界観="zero sum game"ではなく,"success"="non zero sum"を良しとする世界観に(最終的に)至りました.これが冒頭で述べた,『バガボンド』の主人公宮本武蔵,『プラネテス』の主人公星野八郎太,そして『Rovering to Success』で描き出されたローバースカウトに共通する"success"です.

ただし,その世界観を現実の社会・人生の中で具体的に示していくことは,相変わらず大変に難しい.それは結局は,個々人の状況に応じて,スカウトそれぞれが対応していかなければなりません.

そのための抽象的な指針として,B-Pは「そなえよつねに(Be prepared)」という言葉を残しました.しかしこの言葉は,本連載の主張とどのような関係にあるのでしょうか?

次回以降では,この最も有名なボーイスカウトのモットーが意味するところを,大きく回り道をしながら考えていきたいと思います.

2018年3月14日追記

横山壽美夫さんの告別式が行われた3月14日,宇宙物理学者のスティーブン・ホーキングが亡くなりました.存命していた物理学者の中で,最大の有名人だったと言って良いでしょう.著書『ホーキング、宇宙を語るービッグバンからブラックホールまで』は,20年間で1,000万部以上を売り上げた大ベストセラーです.

ホーキングの遺灰はイギリスのウェストミンスター寺院の,アイザック・ニュートンやチャールズ・ダーウィンの墓の隣に埋葬されるそうです(ダーウィンとB-Pとの意外な関係については,後に紹介します).

ボーイスカウトも物理学も,"non zero sum"な営みです."non zero sum"な喜びを私にもたらしてくれたお二人に,感謝申し上げます.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要