Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

May. 2018:科学と詩 第5回

6. Middle voice

ここからは,『Rovering to Success』でB-Pが示した世界観を超えて,現代の文学者や哲学者たち,あるいは広く「表現者」たちが,どのような世界観を「良い」と考えているのかについて説明していきたいと思います.

それは一見,ボーイスカウトとはあまりに関係ないことのように思えるかもしれません.しかし私の考えでは,その世界観はB-Pの最も有名な言葉:「そなえよつねに(Be prepared)」と関連しています.

重要な作品として,2017年さくら12月号14. 2017年ノーベル賞についての連想ゲームの最後の方で触れたSF映画『メッセージ』,およびその原作SF小説『あなたの人生の物語』を紹介します.この作品では,"non zero sum"が重要なキーワードになっています.それは,我々の時間感覚,コミュニケーションの作法,そして物事に直面するときの我々の「構え」と関連して,作品の中で提示されているのです.

6.1. 『あなたの人生の物語』の時間・コミュニケーション・態

我々は普通,時間を「過去から現在を通って未来へ流れるもの」として感覚しています.ところが,この感覚は普遍的なものではありません

『メッセージ』あるいは『あなたの人生の物語』に登場する宇宙人ヘプタポッドは,我々現代日本人とは異なる時間感覚を持っています.言うなればそれは,「未来を過去のように体験する」あるいは「過去も未来も区別しない」という感覚です.思い切り単純に言えば,ヘプタポッドには「時間が無い」のです.

ヘプタポッドには時間が無いので,そのコミュニケーションの作法も我々とは異なります.ヘプタポッドの言葉は,その全てが「パフォーマティブ」なのです.つまり,時間が無い故に未来に起こる全ての事象を見通せているヘプタポッドには,事実を確認するような言葉(「これはペンだ」・「今日は晴れだ」など),つまりコンスタティブ(事実確認的)な言葉は不要なのです.ですから彼らは,それを発することがそのまま行為を遂行することに等しいような言葉(「結婚を誓います」・「会議を始めます」など),つまりパフォーマティブ(行為遂行的)な言葉しか発しません.

また,時間が無いので,物事に対する「構え」も独特なものになります.ヘプタポッドには「能動」が無いのです.なぜなら,未来がどうなるか分からないからこそ「能動的な構え」は意味を持つからです.「未来を過去のように知っている」ヘプタポッドは「能動的」になりようがありません.

能動が無いので,ヘプタポッドは常に「受動的な構え」なのかと言うと,そうではありません.ヘプタポッドは受動態(passive voice)と能動態(active voice)の間,あるいは「受動的能動」とでも言うべき,「中動態(middle voice)」という「世界に対する構え」を持っているのです.

中動態は明示的なものとしては今や失われた「態」です.しかし比較言語学者に言わせれば,もともと能動態に対立するのは受動態ではなく中動態でした.

日本語の中動態的な例は,「見える」や「生まれる」などです.こういった動詞が,能動態とも受動態とも言い難いことは,なんとなく分かると思います.「見る」が能動態,「見られる」が受動態なのに対し,「見える」が中動態です.そして「見る」と対立するのは「見られる」ではなく「見える」なのです(「見られる」は「見る」において視点を逆にしただけで,同じものの言い換えに過ぎないと考えます).

2017年話題になった,哲学者國分功一郎の『中動態の世界 意志と責任の考古学』によると,古代ギリシア世界では能動態と中動態が対立しており,そこでは「意志」の概念が無かったといいます.つまり,能動態の「見る」,あるいはその逆視点としての受動態の「見られる」には意志がありますが,中動態の「見える」には意志が無い.そして中動態を良しとする古代ギリシアの世界観においては,意志は重要では無かったというのです.驚くべき指摘です.

人類は近代以降,「意志」を人間の自由にとって重要なものと考えてきました.哲学ではこのことを明確にするために「自由意志」という言葉が使われます.中動態の考えは,この自由意志を否定するものと言えます.

自由意志や能動性を否定する中動態という世界観.これは現代の我々にとって後ろ向きな考えに見えます.しかしギリシア悲劇を読めば分かる通り,それはむしろ世界に対する「良い」構えなのだ,という見解が近年の文学者・哲学者・表現者の間で広くみられます.ヘプタポッドの世界観を中動態的に描き出した『あなたの人生の物語』はその1つの例です.

その「良さ」を強調するために,「中動態的な構え」あるいは「受動的能動」を別のポジティブな言葉で言い換えれば,それは「引き受けるという能動性」ということになります.そしてそのときに重要となるのは,「(なんとかしてやろうという)意志」ではなく,「(なんでもこいという)覚悟」である.これが,古代ギリシアおよびヘプタポッドの世界観なのです.

このような世界観は,人類史において様々な場所と時代に見られる.そして今もわずかながらに残っていることが,文化人類学者らの研究によって明らかになっています.

6.2. プログラミング的世界観と曼荼羅的世界観

以上のような時間・コミュニケーション・態が,『あなたの人生の物語』(あるいは『メッセージ』)では宇宙人ヘプタポッドの特徴として描かれています.そしてそれは,実は"non zero sum"の世界観とも響き合っているのです.

どういうことでしょうか?

時間が過去から未来へ流れるということは,物事を「順序立てて」説明できるということです.つまり, 2017年さくら6月号6. 論理=演繹=推論と幾何学で説明したような論理(=演繹=推論)が可能ということです.

そして論理を可能にするためには何かしらの(数学記号も含めた)言葉が必要であり,しかもそのとき言葉はコンスタティブ(事実確認的)に使用されます.つまり,「AはBであり,BはCである.したがって,AはCである」という具合です.

さらに言えば,このような論理を使うことで,人は様々なものをコントロールします.つまり能動的に対象へ働きかけて,自分の思うように(自由意志にしたがって)変更しようとします.そのようなことが可能なのが論理の力です.

このように,時間順序的・事実確認的・能動的であるが故の論理的な態度は,"zero sum game"において勝者を目指すイメージと重なります.つまり,勝ち組になろうとする態度.さらに別の言い方をすれば,世界に対する損得勘定の構えです.勝ち組になるために,あるいは得をするために,時間順序的・事実確認的・能動的な存在になる.つまり,論理的・合理的・主体的存在になる.

これは,近代社会の理想的成員としての「近代市民」,あるいは経済学がもっぱら想定する人間像としての「経済人」そのもの.もっと単純に言えば「資本主義」ということ.さらに言い換えれば「プログラミング的」ということになります.

さて,以上の整理を引っくり返すことで,"non zero sum"のイメージとヘプタポッドのイメージの関係を明らかにできます.

未来を過去として感覚するということは,物事を「順序立てて」説明することが不可能だということです.つまり論理は消滅し,物事の理解は「同時把握的」に行われることになります.

論理が無いので,言葉も多くの場合不要となりますが,パフォーマティブ(行為遂行的)な言語使用だけは残ります.すると過去形や未来形は無くなり,現在形だけが言語として残ります.「まさに今,なにかを言葉によって行う」ような言語使用だけになるわけです.

さらに,未来を過去のように感覚する,あるいは,リアルタイム(real time)の言語使用だけになることで,能動的に未来を変えていく,ということが無くなります.無くなるという以上に,ヘプタポッドにとっては,能動的であることは端的に無意味なのです.

だとすれば,ヘプタポッドは受動的な存在なのでしょうか?

それがそうでは無い,というのが前述した中動態の話です.つまり,ヘプタポッドは「決まっている未来」にただ単に流されるのではなく,そんな変えられない未来を「引き受ける」という,ある種の(括弧付きの)「能動性」を発揮するのです.これが,中動態が「受動的能動」とも表現できる所以でした.

このように,同時把握的・行為遂行的・中動態的存在であること.つまり,非論理的・非合理的・非主体的存在であることは,"non zero sum"と親和的です.非論理的・非合理的・非主体的と言うとネガティブに思えますが,これがなぜポジティブな態度だと言えるのか.ごくごく簡単に言えば,「論理だけではない感情的な豊かさ」・「合理では説明しきれない世界の神秘さ」・「主体の身勝手を超えた他者との繋がり」を肯定する態度だからです.そしてこれらの要素は明らかに,他者を出し抜き勝利を目指す"zero sum game"では無く,皆を裏切らない"non zero sum game"の方向を示しています.

以上のことは,言語を獲得する前の原初的な人類の態度,あるいは,少なくとも言語や法律を高度に発達させる前の遊牧民だったころの人類の構えでもありました.「プログラミング的」と対比させるならば,「曼荼羅的」と言っても良いでしょう.

* * *

ここまでで,プログラミング的世界観と曼荼羅的世界観を,様々な言い換えで説明してきました.それらを一旦まとめてみましょう.2つを対置させると,次のようになります.

  • プログラミング↔︎曼荼羅
  • 時間順序的↔同時把握的
  • 事実確認的↔行為遂行的
  • 能動態↔中動態
  • 論理↔感情
  • 合理↔神秘
  • 主体↔繋がり
  • 近代市民↔遊牧民
  • "zero sum"↔"non zero sum"

そしてこれらは「科学↔︎詩」に,ひとまずは対応させることが出来るでしょう.

だとするならば,"success"として"non zero sum"を奨励したB-Pは,科学ではなく詩を良しとした,ということになります.しかし,2018年さくら2月号3. Successで述べた通り,B-Pの考える"success"において重要なのは「認識(appreciate)」でした.そしてその認識は科学と詩を融合させて初めて真に可能となる,というのがこの連載の主張でした.

したがって、詩に偏ってはいけません.そこで「"zero sum"と"non zero sum"のバランスこそが重要なのだ」と言う事は可能です.そしてそれはそれで正しいと思います.

しかし,事態はもう少し複雑です.『あなたの人生の物語』(特に映画版の『メッセージ』ではなく原作小説の方)を読むと,実は科学(=物理学)および詩(=言語学)の両方に,それぞれ"zero sum"(=時間順序的=能動態=…)および"non zero sum"(=同時把握的=中動態=…)の要素が含まれていることが分かるのです.

小説『あなたの人生の物語』には,主人公である女性言語学者ルイーズと,ルイーズの同僚である男性物理学者ゲーリー(映画版『メッセージ』ではイアン)が出てきます.この作品は,言語学SFであると同時に物理学SFでもあるのです(映画版『メッセージ』では物理学の要素が大幅に削られています.難しすぎるからでしょう).

次回と次々回は,『あなたの人生の物語』のSF的アイデアについて紹介します.そこで重要となるのは,言語の中に「能動態(≒受動態)的文字」と「中動態的文字」があること,および物理の中に「能動態(≒受動態)的数式」と「中動態的数式」があることです.もちろん,どちらもSF的な妄想が多分に入っていますが,それはとても豊かな妄想なのです.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要