Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Advisor's Essays

Aug. 2018:科学と詩 第8回

8.2. ヘプタポッドの変分原理

『あなたの人生の物語』には,次のような記述があります.

時間で積分した,運動エネルギーと位置エネルギーとの差”とかなんとかを意味するものを表す,"作用(アクション)"という名称の担う属性を説明した.これは,われわれにとっては複雑な計算を必要とするものであり,"それら(=ヘプタポッド)"にとっては初歩的なものなのだ
物理法則のほとんどは変分原理として記述しなおせるといっていい.

ここで「作用(action)」と呼ばれているものは,「運動エネルギー位置エネルギーとの差」を「時間で積分し」て計算されます.このときの積分を,特に「作用積分(action integral)」と言います.作用積分こそが,ヘプタポッドにとって最も「初歩的」なのです.

それでは「物理法則のほとんど」を「記述しなおせる」という「変分原理」とは何か? 実は,「作用が最小値をとる状態が,現実に出現する状態である」という原理があります.これは,物理学の最も強力な成果の1つで,「最小作用の原理」と呼ばれます.そしてその最小作用の原理をさらに普遍的・一般的にしたものが「変分原理」なのです.

ここで重要なのは,「最小値をとる状態」を具体的に求める「変分」という計算方法が微分と似ていることです.実際それは,微分の親戚と言えます.したがって,変分原理に基づいて現実に出現する状態を計算するのは,「作用積分によって計算された作用の変分をとる」つまり「積分したものを微分する」操作と言えます.大胆に言えば,変分とは「積分的微分」なのです.

中動態が「受動的能動」と言えることは,2018年さくら5月号6. Middle voiceで述べました.また,微分が能動態だとすれば,積分は受動態だとも述べました.したがって,ここに以下の対応関係が導かれます.

  • 能動態(≒受動態)↔︎中動態(=受動的能動)
  • 微分(≒積分)↔変分(=積分的微分)
  • 微分方程式(≒積分方程式)↔変分原理

つまり変分原理とは,物理法則の中動態的表現なのです.

具体例を挙げましょう.再び野球のボールを考えます.

すでに説明した通り,微分方程式による運動の表現は「逐次的」で「因果律的」です.打たれたボールの「この瞬間」の位置とスピードと働く力から「次の瞬間」のボールの状態を順次計算していくからです.

それに比べて,変分原理による運動の表現は随分様子が違います.打たれたボールの描く軌跡が,打たれた位置と落下位置とを結ぶ線の中で「最適」なものとなる.ボールの作用が最小になるような軌跡を,打たれたボールは「なぞる」のです.

変分原理で決定された軌跡を「なぞる」ボールには,「次の瞬間」がありません.ボールはあたかも、過去のスタート時点(=バットで打たれた瞬間)で未来のゴール(落下位置)を知っていて,スタートとゴールを結ぶ線が「同時的」に決定される.そのときボールには,「過去に原因があるから未来の結果にいたる」という因果律が適用されず,「原因はなく,最初から結果がある」ように見えます.ボールを擬人化して言えば,「目的論的(あるいは合目的的)」ということになります.

  • 因果律的↔目的論的

そんな目的論的なボールにとっては,未来は予測するものでは無いし,変えられるものでもありません.未来(=結果=目的)は決まっていて,それに向かって決められた軌跡を「なぞる」だけなのです.

変分原理で考えた時のボールの動きには,「自由意志」が無いように見えます.もちろん,ボールの動きは物理法則と数学で決まっていて答えは同じ.その意味では,微分方程式と変分原理とに違いはありません.ですから,ここで言っているのは現実のボールの動きに対する解釈の違い,つまり世界観の違いにすぎません.

その上で言えば,変分原理による自由意志の否定は,それが中動態的世界観に基づくことを意味します.そして,2018年さくら5月号6. Middle voiceで説明した通り,自由意志を否定する中動態的な構え・受動的能動は,近年の文学者・哲学者・表現者の間で広くポジティブに捉えられています.なぜならそれは,人に「引き受けるという能動性」・「覚悟」をもたらしてくれるからでした.

  • 意志↔覚悟

ヘプタポッドには時間がありません.同様に,変分原理にもある意味で時間がありません.ですから,ヘプタポッドも(変分原理で考えた)ボールも,決まった(人)生・決まった軌跡を「なぞる」だけです.「レールが敷かれた人生」という言葉は普通ネガティブな意味で使われますが,それをポジティブに捉える構えがあり得るのです.

9. Be prepared

9.1. クリント・イーストウッド

近年,クリント・イーストウッドの映画監督としての活躍には目を見張るものがあります.その彼の一貫したメッセージが,中動態=「引き受けるという能動性」です.具体的に作品を挙げて説明することも出来ますが,ここでは俳優としての彼の代表作を1つ挙げます.

イーストウッドは俳優としても超一流です.それは,彼がワザとらしい「名演技」をするからではなく,その映画の中での「佇まい」,つまり「構え」が素晴らしいからです.それを堪能できる作品が,1971年から1988年にかけての「ダーティハリーシリーズ」5部作です.

イーストウッド演じる主人公ハリー・キャラハンは,.44マグナムを愛用するサンフランシスコ市警の刑事です(英語では"inspector"ですが,これはいわゆる"detective"に相当します).犯罪者に容赦しない性格ですが,法律は基本守ります.

シリーズ中唯一イーストウッド自身が監督も務め,最大のヒットとなった『ダーティハリー4』の冒頭.強盗と対峙したキャラハンは,"Go ahead, make my day"という映画史に残る名セリフをはきます."go ahead"は「やれよ(先に撃てよ)」,"make my day"は「俺を楽しませろ」ですから,"Go ahead, make my day"で「やれよ,俺を楽しませてくれ(先に撃てよ,そうすれば俺も撃てるから楽しいことになるぜ)」という意味になります.

このセリフはイーストウッドの佇まい・構えをよく表しています.重要なのは,このセリフが受け身=受動的であること.つまり,キャラハン刑事は能動的に相手を倒す性格ではなく,相手が先に動くのを待つタイプなのです.

いや,この言い方は不正確です.ここまでのエッセイを読んでくれていれば,この佇まい・構えの意味はよく分かるでしょう.それは中動態と呼ぶべきものです.すでに何度も書いているように,それは「(なんとかしてやろうという)意志」ではなく「(なんでもこいという)覚悟」です.受動的能動あるいは「引き受けるという能動性」と呼ぶべきものです.強盗に銃を突きつけながら,キャラハン刑事=イーストウッドが絶妙な表情で"Go ahead, make my day"と言うシーン.是非とも観賞して ,中動態的世界観を味わってください.

以上に示したイーストウッドの佇まい・構え・世界観は,彼の監督した/主演した映画に一貫しています.

『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』のマカロニ・ウェスタン3部作をはじめとして,『許されざる者』『スペースカウボーイ』などで,彼はいつもカウボーイを演じました.明示的にカウボーイの名が付いていなくとも,イーストウッドは全ての映画で常にカウボーイであった,と言ってもよいでしょう(例えば『グラン・トリノ』での,元軍人で自動車工の老人役).それはイーストウッドのカウボーイが,常に中動態的佇まいをたたえているという意味においてです.

9.2. そなえよつねに

さてここで,この「カウボーイ」という単語,あるいはその対であるインディアン,さらにはキャラハン刑事の階級="inspector"→"detective(刑事)"→"detective(探偵)"→ホームズを経由して,イーストウッドをボーイスカウトに接続します.

2018年さくら2月号3. Successで引用したB-Pの言葉の最後の部分は以下のような内容でした.

But Happiness is not merely passive; that is, you don't get it by sitting down to receive it; that would be a smaller thing ― pleasure.

But we are given arms and legs and brains and ambitions with which to be active; and it is the active that counts more than the passive in gaining true Happiness.

しかし,幸福は単に受動的なものではありません.つまり,座ってただ待っていても手に入れることは出来ないのです.座ってるだけで手に入れられるのはもっとつまらないもの,― 快楽にすぎません.

しかしながら,私たちには能動的に行動するための腕,脚,頭脳,そして志が備わっています.したがって,受動的であることよりも能動的であることが真の幸福に通じているのです.

ここからは,B-Pが受動ではなく能動を奨励していることが分かります.ということは,このエッセイで能動態の対立項として紹介している中動態的構えもB-Pは否定しているのでしょうか?

私はそうは思いません.2018年さくら4月号5. Non zero sumで説明した通り,B-Pの考えが"non zero sum"を肯定していることは明らかです.そして2018年さくら5月号6. Middle voiceで説明した通り,その"non zero sum"の世界観は中動態の世界観と深く響き合っています.したがって,B-Pの思想は中動態的であるはずです.

私の考えでは,B-Pは中動態的発想を持っていましたが,その言語化に至らなかったのです.そこで,我々は言葉を補って,B-Pの言葉を現代に蘇らせなければなりません.

これは「捏造」と言ってもいいでしょう.しかしその「捏造」には根拠があります.B-Pの,いやボーイスカウトの最も有名な言葉:「そなえよつねに(Be prepared)」です.

そなえよつねにというモットーは,未来に起こりうる様々な事態に対して準備すべし,という意味です.それは,雨具を用意するとか火起こしスキルを磨くとかいった具体的準備のこともあれば,健康状態を保つとか良い心構えでいるとかいった抽象的準備のこともあるでしょう.

しかしいずれにせよ,このモットーは「何が起きてもそれを引き受けるべく準備しておく」ことを意味している点で,中動態的な世界観に根ざしています.つまり「引き受けるという能動性」です.

勘違いして欲しくないのですが,ボーイスカウト活動におけるスカウトの能動性や自発性を否定しているわけではありません.能動的・自発的な行動は多いにやるべきです.実際,ダーティーハリーことキャラハン刑事も能動的・自発的に事件を解決します.

しかしその上で,言い方が難しいのですが,イーストウッドは「最後の決定的な瞬間」において,中動態的構えの人間なのです.「具体的な場面ではもっぱら能動的であるが,根本的な世界に対する接し方は中動態的である」と言っても良いでしょう.

このような態度はニヒリズムとも言えます.しかしそのニヒリズムは,能動性や自発性を否定しません.未来はしょせん変えられない(ヘプタポッドは「未来を過去のように知っている」のでした).にも関わらず能動的・自発的に行動する.そのような矛盾を抱え込む者こそが中動態的存在であり,古代ギリシアでは「英雄」と呼ばれました.つまりそれが「覚悟」なのです.

イーストウッドは,覚悟を決めた古代ギリシア的英雄です."Go ahead, make my day"というセリフは,このことを端的に示しています.

そして私は,"Be prepared"という短いモットーの中に,"Go ahead, make my day"と同じ響きを感じ取りました.『荒野の用心棒』でカウボーイ役としてハットをかぶるイーストウッドの佇まいと,ボーイスカウトの創始者として同じようなハットをかぶるB-Pのあの有名な肖像は,共通の世界観を示しているように私には思われたのです.

(つづく)

ローバー隊隊長 渡口要