Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Scout's Essays

Jul. 2017:再会

「ボーイスカウトは家族である」

つい最近まで、僕はこの言葉を腑に落とせていなかった。

6歳のとき集会で、"Unknown soldier"の話を聞いた。太平洋戦争中にある日本兵がアメリカ兵にとどめをさそうとしたところ、瀕死の相手が無意識のうちにボーイスカウトの敬礼(三指の敬礼)をしたため、殺せなかったという話だ。

「世界のスカウトは皆兄弟だ」

リーダーたちはそう言っていた。その時は正直、いったい何を言っているのだろうかと心の中で思った。それは単なる言葉・単なる綺麗事にしか映らなかったのだ。しかし今になって、その意味が解ったような気がする。

それは成人式の日だった。同じバスにボーイ隊のとき一緒だった山根が乗っていた。父のシンガポール転勤に伴いボーイスカウトを離れて7年、奇跡的な再会だった。LINEを交換したら、後日連絡が来た。

「団委員長が会いたがっているぞ。4月2日は空いてないか?」

4月2日の上進式、ひさしぶりにボーイスカウトに参加した。皆あまり変わっておらず、7年ぶりに「帰宅」した自分を歓迎してくれた。そして、3か月後に交換留学でアメリカに行くにもかかわらず、少しの間だけボーイスカウト活動に復帰することを皆は承諾してくれた。

今年の8月までは、ローバースカウト活動はキャンポリー企画がメインである。昔は女の子の話しかしなかった神田が、リーダーシップをとって企画を進めてくれている。最初に「3か月の間でローバースカウトの根性を叩き直す」などと言っていた自分が恥ずかしくなるくらい、ローバー隊の「兄弟」達は成長している。キャンポリーのテーマは10年前の軽いパクリではあるが、ちゃんとテーマから活動内容まで皆が毎回、頭をひねっている。

このキャンポリー企画に携わることによって改めて、ビーバー・カブ・ボーイ時代の自分がいかにローバー隊やリーダーの人達に支えられていたかが実感できた。無償のボランティアで、しかも各人が結構なコストをかけて活動を成り立たせている.こんなことが可能なのは、ボーイスカウトが家族(的な特徴を持っている団体)だからだと思う。

この頃は留学の準備やサークル活動でなかなかローバースカウトの活動に参加できていないが、スカウトのちかいとおきては日々忘れないようにしている。小学生の頃から、電車で席が空いてもなかなか座れないし、ごみを見つけたら直ぐに拾ってしまう。「どう行動するのが正しいか」などと頭で考える前に、小さいころから染み付いている「癖」が反射的に出てしまう。

まぁ要するに、世田谷第五団は僕にとって第二の家族であるから、その中で培ってきたものは、もうどうしようもなく習慣になっているのだ。

放浪息子(?)の自分はまたすぐに日本を離れるけれども、おかげさまで心のそなえは万端だ。ボーイスカウト世田谷第五団で得たものを活かして、7月からのアメリカ生活を送りたいと思う。

それでは、いってきます!

ローバー隊 堀江丈二