Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Scout's Essays

Apr. 2018:デザイン

私は大学で「デザイン」の文字を冠する分野を専攻している。この春大学2年生になるばかりで、まだまだ未熟ではあるが、今回は自分が大学で学んでいるこの「デザイン」について書きたいと思う。

まずは簡単に説明しよう。芸術が自分を表現する手段であるのと異なり、デザインは受け取る側がどのように使うかを考えて設計される。つまり、相手の利便性を強く意識するところが、デザインの芸術との違いである。

最近では、デザインは単に外見だけではなく、仕組みや意味合いの設計までを含めることが多い。それは例えば「キャリアデザイン」という言葉を考えてみれば、分かってもらえると思う。

デザインが具体的に何に関わっているのか、イメージを持てないスカウトもいるだろう。実は、それは私たちの生活に密接に関わっている。

例えば、今使っているスマートフォンのグラフィカル・ユーザー・インターフェース(GUI、操作画面)。ホームボタンがタッチパネルか物理ボタンか、あるいは、何かの操作が長押しかダブルタップか、などなど、様々な操作がデバイスやOSそれぞれで細かく異なる。

しかしそれらには共通点がある。それは、利用者の使いやすさを目指して設計されている、ということである。つまりこれが、デザインである。

新しいモノをつくるとき、特に自己満足ではなく需要のあるモノをつくるとき、常にデザインが必要とされる。利用者が不便に感じていることを合理的に解決するのがデザイナーの仕事である。進化のないモノが日の目を見ることはほとんど無い。

世の中が必要としているモノを的確に予想し提供できるかどうか。これが、ある意味デザイナーの全てである。

私は最近ドラマ映像作品の製作に携わっている。上記の「利用者が不便に感じていること」などお構いなしの、自己満足に近いモノづくりである。撮影・編集・CG作成・音響調整など、様々な作業を経て1本の動画を作り上げる。

これは一見するとデザインとは無関係に見えるが、実はしっかり関係している。観る人に、より伝わりやすい配置・表現・アングル・効果などを用いることによって、作品を観ている人の感情を揺さぶり、満足感を与える。そこにも実は、「観客の視聴しやすさを目指す」という意味で、デザインがあるのだ。

デザインは自己満足ではいけない。使う人・観る人が望んでいるものに的確に答えなければいけない。これは正しい。

では、デザイナーは消費者が不便に感じていることや必要としていることを、アンケートを取るなどして調査し、それを元にデザインしていけば良いのだろうか?

必ずしもそうでは無い。そうでは無いと言った、世界でもっとも有名な「デザイナー」がいる。アップルの元CEO、故スティーブ・ジョブズである。

A lot of times, people don’t know what they want until you show it to them.

多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ。

この言葉が含意しているのは、デザインは時に、消費者に対して価値の提示、あるいはもっと強い言葉で言えば、価値の押し付けをするということだ。消費者はその価値を欲していることに気付いていないので、最初はデザインの押し付けが起こる。もちろん事後的にそのデザインが良かったと消費者に感じてもらえなければ、本当にただの自己満足になってしまう。しかしそれは、事前のアンケートでは分からない。

このような消費者の無意識の欲望を掘り起こすデザインは、しばしば世界観の提示とともに行われる。ジョブズの有名な具体例はiPhoneだが、iPhoneにはじまる大画面スマートフォンの登場が我々の世界観を変えたことは、多くの人が納得するところだろう。

最高のデザインは、消費者の意識的な欲望に答えるだけではなく、その無意識の欲望を発見する。その最も重要な例は、上でも述べたGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)の発明である。発明者の名はアラン・ケイ。現在我々が当たり前のように使っている、「メニューバーを備えた複数のウィンドウ」や「マウスで画像を掴んでの移動」といったことを実現した天才プログラマーである。

上記特徴を備えたケイによるパソコンの試作機「アルト」は、1973年に作られた。1979年、このアルトのデモンストレーションを見たジョブズは、「すべてが視覚的」だから素晴らしいと興奮気味に語ったそうである。この経験でインスピレーションを受けた後、1984年にジョブズが作ったのがMacintoshであり、このMacintoshの世界的大ヒットが、今のマイクロソフトのWindowsや、iPhoneに代表されるスマートフォンに繋がっていったのである。

では、ケイがデザインした世界観とは何か? それは、ジョブズの言葉が示す「すべてが視覚的」であるということと、「すべてが触れられる」ということである。

前者はGUIの1文字目の「グラフィカル」で示されている通り、20世紀後半のパソコンにおいて大成功を収めた世界観である。GUIを搭載していないパソコンなど、今や見つけるのは非常に難しい。

対して後者は、ケイの時代にはマウスのポインタによって間接的に実現されていた。しかし周知の通り、タッチパネルの登場によって、今や画面上の全ての要素に直接触れることが出来る。これは、ケイが45年前に提示していた世界観が、そのまま現実となったと言える。

デザインは、消費者の欲望に答えて不便を減らすだけではなく、消費者に世界観を提示することも出来る。さらに別の言い方をすると、デザインは作者の思想の表現でもある。

ここまで来ると、この文書の冒頭で行った芸術とデザインの区別が怪しくなってくる。その通り、良い芸術と良いデザインは、境界が曖昧なのである。究極的に目指すところは同じで、出発点が自分本位か相手本位かの違いがあるだけなのかもしれない。

他にも様々なデザインの在り方がある。そのひとつひとつに、デザイナーの命が吹き込まれている。

例えばスカウトの皆が着ている制服。そのデザインにはどのような機能性・世界観・思想が込められているだろうか。ポケットやボタンの位置などが実現している機能性は何か。その生地の色や徽章類が示す軍服との類似性が意味することは何か。

あるいは、ボースカウト運動全体のデザインはどのようになっているのか。上進式の意味。ビーバーからローバーまで5つに分かれていることの意味。カブ隊のデンコーチやボーイ隊の上級班長の意味。これらもまた、機能性・世界観・思想が込められた、ひとつの壮大なデザインなのだ。

あなたは日常生活の中で、どんなデザインを見つけられるだろうか。これを機にデザインに興味を持ってくれたら幸いである。

ローバー隊 神田貴史