Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Scout's Essays

May. 2018:地形を読む

スカウト諸君は、キャンプ地の選定、つまりテントを張る場所についての条件を説明できるだろうか? これはボーイ隊で1級スカウトになるために必要な知識である。スカウトハンドブックには、設営に適さない場所として丘の上・谷・崖下・川原・中洲が挙がっている。

設営場所の適切さには、地形的要因が関わっている。だから、ボーイスカウトはキャンプを快適にするため、地形を「読む」必要がある。

地形的要因が関わるスカウト活動は、何もキャンプだけではない。例えば登山やハイキングにも、コースや道の選択に地形的要因が関わってくる。そのため我々は、事前に地図を使って等高線を読んで勾配を計算したり、尾根と谷を判別したりして、コースの難易を予測する。地図という道具を使ってはいるが、この作業もまた地形を読む作業と言える。

このように、スカウト活動の様々な場面で我々は地形を読む能力を駆使している。だから、その能力は一般の人々よりも優れているのだ。

もしかしたら、「でも、そんな能力を使う場面そんなないし、あんま意味ないじゃん」と思うスカウトもいるかもしれない。現に、私も中学生くらいまではそう思っていた。

だが、決してそんなことはない。この能力は、あなたが思っている以上に「つぶしの効く」能力である。それは、具体的に役立つ場合と抽象的に役立つ場合とがある。

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具体的には、この能力は地理学を学ぶ時に役立つ。しかし地理学というと、中学・高校における暗記を中心とした学習を想像するかもしれない。

なるほど確かに、地理は暗記科目のイメージが強い。だが実際には、地理学とは読んで字の如く、地形(地球)の理(ことわり)を学ぶ学問である。中学・高校の暗記は、地理学という深大な学問を学ぶ上での基礎訓練、言わば「筋トレ」に過ぎない。そんな表層部分をめくった内側には、気候学・地形学・経済地理学・地政学など、様々な学問分野が含まれている。

我々は領域横断的にそれらを学び、適切に組み合わせることで、論理的に地形の理、つまり「世界」を理解できるのだ。

地理学を学ぶと、人間が現在までに成してきたこと、つまり我々の歴史、文明、そして現在の世界情勢までの全てを、地形的要因から理解し得ることが分かる。

なぜなら現在の世界は、人類が地形を読み「地の利」を活用する、その営みの積み重ねによってできているからだ。我々は、過去の人々がどうやって地形を読んだのか推測することで、人々が成してきたことを理解し、また、我々がこれから成すことの結果を予想することができる。

例えば、京都が長い間日本の都であった理由を、地理の側面から考えてみよう。

かつて、政治・経済・文化の中心である都に必要だった地理的要素は、「国の中心」に位置すること。つまり、各地との連絡が容易なことだった。

南北に長く、その中心を脊梁山脈が走る日本では、それほど高い山には囲まれず、日本海側と太平洋側を行き来しやすく、その上淀川や琵琶湖などがあって水運の便も良い京都の地形は、都にうってつけだった。

ところで、奈良から京都への遷都は794年である。

奈良は、四方を山に囲まれ、大きな河川も通っておらず、各地との連絡に不便だった。だから奈良は、支配地域が増えるにつれて都としての機能を維持できなくなった。

このように考えると、794年に遷都が行われ、その後長く京都が日本の都であり続けたことは、論理的必然だと言える。

ただし他にも、様々な歴史的経緯や信仰上の理由などが、遷都をはじめとする人間の営みに影響していることは言うまでもない。ここでやっているのは、地理学(特に農業水利的な要素は大きい)の観点から歴史・文明を読むとどうなるか、ということである。

同様に、現在の首都東京についても考えてみよう。

東京は、京都と違って太平洋側に位置し、日本海側への連絡は容易でない。だが、東京が首都になってから既に150年近く経った現在でも、東京は首都機能を維持し続けている(ただし、東京を首都と定めた法律があるわけではない)。

京都と東京のどちらが首都として適しているのか。地理学的にみたとき、東京が海沿いの都市であることは、都市の抱える人口が大きいときには重要な要素である。他方、日本海側への連絡の不便は、流通環境の変化や技術の発展によって、それほど問題とはならなくなった。

特に近年IT化が進んだことによって、首都の条件の内地理的要素は俄然弱くなった。つまり、かつては地形に合わせて自分たちの生き方を変えていた人間が、技術の発達によってそうしなくて済むようになってきている。

だが現在でも、首都機能の一部または全てを他の場所へ移す案が、度々議論されている。そしてその理由は、やはり地理的要素にある。

それは地震である。

日本は地震の多い国であり、東京周辺も例外ではない。先の東日本大震災や熊本地震の惨状は記憶に新しい。

それらの災害への対応や復興は政府が中心となって行われるが、ひとたび東京が大地震に襲われて首都機能が麻痺すれば、対応や復興が遅れ、大変な事態になる。

たとえば小松左京のSF小説『日本沈没』は、著者の地震学や地理学についての科学知識と、万博などを通して官僚や政治家と頻繁な付き合いがあった経験とが融合された傑作である。この作品を読むと、日本で実際に破滅級の大地震が起こった時、人々がどのように行動すると予測されるか(あるいは、かつてどのように予測されたか)、よく分かる。まさに、地理学をはじめとした領域横断的な知を使い、未来の歴史・文明を予測するような作品である。この作品を1つの参照元とする近年の『シン・ゴジラ』と合わせて、是非とも「読んで」もらいたい。

『日本沈没』や『シン・ゴジラ』で描かれたパニックは、もちろん空想ではある。しかしそれは意味のある空想なのだ。なぜなら、大地震による東京大混乱は、関東大震災として過去に一度起こっていることだからだ。

地理学のまなざしで人類の営みを読む行為は、他にも枚挙にいとまがない。

大きな文明のスケールで言えば、世界四大文明(メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明)が大河のそばで発生した理由などが挙げられる。これなどは、中学の歴史の授業で最初の方に習うはずだ(このようなスケール感で文明を地理学的に考察した本に、梅棹忠夫の『文明の生態史観』があるので、おすすめしておく)。

小さなスケールで言えば、戦国時代の武将が戦争をするとき、地の利を活かそうとする戦術が挙げられる。自陣を高台に構えて戦いを有利に進めようと考えを巡らすのが、良い武将・良い軍師である(最近だと、例えば原泰久の漫画『キングダム』で、このような戦術が描かれている)。

他方、地理学の領域横断性は、近年ますます広がっているように思う。

例えばクリストファー・アレグザンダーのパタン・ランゲージ理論は、建築・都市計画をする際に、地理学的な要因だけではなく人々の欲望をも考慮するための処方箋である。詳しくは説明できないが、これは、地理学に心理学や認知行動科学を融合させたような試みと言えるだろう。

また、地形の把握に物理学における重力理論が関わることは、2017年さくら9月号10. アインシュタインの重力2017年さくら10月号11. アインシュタインの時計、B-Pの時計で示された通りである。特に、そこで紹介された光格子時計については、地殻内部の動きを重力変化(に伴う時間の遅れ)によってセンシングし、地震予知に役立てようというアイデアが提案されている。地理学と物理学の領域横断と言えるだろう。

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以上で示した通り、いくら我々が技術を発達させようと、結局様々な場面において我々は、地理的要素あるいは地理学的要素を避けて通れない。

なので我々はそれらを乗り越える、もしくは有効活用する為に、地形の理を読まなければならない。そしてそのために、我々のボーイスカウトでの経験は大いに役に立つのだ。

そしてその先。地形を読むことができる能力の先には、より抽象的な「ものごと一般を読む能力」がある。「顔色を読む」・「空気を読む」・「状況を読む」、様々なものごとを適切に読む能力は、地理学を離れてより一般に、私たちの人生を豊かにしてくれる。

TV番組の「ブラタモリ」を観たことがあるスカウトなら、タモリが街や地形を読む能力に長けていることを知っているだろう。そしてその能力は、街や地形といった具体性を離れて、タモリの人生自体を豊かにしているように私には思われる。

そこでタモリが行なっていることは、勇み足を恐れずに言えば、「読み込む」ことである。単に街や地形を科学的・客観的に読むのではなく、その背後に歴史や人々の生活を読み込むこと。つまり、自らの主観や感情を対象に投影すること。それが「込む」という言葉の意味だ。

対象を正確に読んだその先に、読み込むという段階がある。「のめり込む」ように読むこと。ボーイスカウトの地形を読むトレーニングは、抽象的な「読む」能力につながり、最後は「読み込む」能力に至る。

最後は駆け足になってしまったが、スカウトの皆にはぜひこれらのことを念頭において、スカウト活動に励んで欲しい。そしてもし良ければ、地理にももっと興味を持ってみて欲しいと思う。

ローバー隊 岡田一志