Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Scout's Essays

Jun. 2019:B-Pとコンサル

問題設定、仮説と論証

この言葉を聞いて具体的に何かを想像できたあなたは、もしかして研究職かコンサル職の経験者ではないだろうか。私は後者の分野でアシスタントとして働いたことがある。赤坂の某外資系の戦略コンサルティングファームである。

今回は、実際にコンサルティングファームの仕事で役立ったボーイスカウトでの経験について書いていきたい。

ボーイスカウト経験が役立ったと言っても、ロープ結びなどの具体的技術の話では無い。あるいはセレモニーなどで身につけた礼儀作法の話でもない。私が強調したいのは、様々なスカウト活動を通して培った思考プロセスが役に立ったということだ。

それを説明するために、まずは以下の問題を解いてみてほしい。

Q. 日本全国の電柱の本数を、紙と鉛筆(計算用として)のみ使用して求めなさい。

このような捉えどころのない量を概算するときに、フェルミ推定と呼ばれる方法がある。

1. フェルミ推定

フェルミ推定は、少ない手がかり(それも、粗っぽい情報)をもとに、素早く論理的に概算値をはじき出すやり方である。研究職の間では「オーダーエスティメーション(order estimation)」とも呼ばれ、コンサルにおいては思考力を鍛える訓練としてよく行われる。

フェルミ推定で問題を解いてみよう。

この場合に重要なことは、電柱の本数を1本も間違えずに正解することではない。重要なのは、自分の現在持っている情報のみを使い、仮説を立て、正解の近似値を論理的・演繹的(deductive)に求めることである。

例えばもしこれが入社試験であれば、試験官は答えの正確さではなく、志望者の仮説の立て方や論理展開力を評価する。

私の今持っている知識からは、以下のような仮説・推論が出来る。

  • 日本は、東京を中心として半径1,000km程度の円の中に大体入るくらいの大きさだ。
  • 太平洋側から日本海側までの日本の「幅」は、大体200kmくらいだ。
  • ということで、日本の国土の総面積は大体2,000km×200km=400,000km2だ。
  • 他方、電柱は農村部や山間部に比べて都市部の方が圧倒的に多いだろう。
  • 日本の都市部の面積は、衛星写真の街の光を思い出しても、10%以下、5%くらいだろう。
  • 都市部の電柱は、いつも自分が朝歩いている感覚からして、10m四方おきに1本、つまり1km2あたり10,000本程度だろう。
  • 農村部や山間部の電柱は、キャンプに行った時のことを思い出すと、100m四方おきに1本、つまり1km2あたり100本程度だろう。
  • ということで、日本全国の電柱の数は、400,000km2×5%×10,000本/km2+400,000km2×95%×100本/km2 =238,000,000本だ。

以上のような仮説と推論の組み合わせで、日本全国には約2億本の電柱があると推定できる。

実際には日本全国の電柱の数は3,300万本程度である。上で推定した2億本は、大体合っていると言って良い。

…6倍も離れているじゃないか、と思うだろうか? しかしこれで十分なのである。フェルミ推定はあくまで概算値を求める粗っぽい手法。そして繰り返すが、大事なのは仮説の立て方と論理推論力である。この問題では概算値と真の値とのズレに神経質になってはいけない。

ちなみにネットで「フェルミ推定」を調べると、色々と仮説を積み上げた結果、「推定値は3,000万本で、実際の3,300万本とほぼ同じ!」としているページが出てくる。そのようなページは、答えを知った上で仮説を「調整」してそれっぽく答えに近づけるインチキを行なっていると思われる。そのような「調整」は、「そうか、フェルミ推定を行うと、真の値3,300万本に対して3,000万本というかなり近い値を求められるのか」などと読者を勘違いさせかねないので、教育上良くないと思う。

話を戻そう。

こうした手法は、マーケットリサーチにおいてその市場規模を推定する際に使われる。上のフェルミ推定の説明では「概算値と真の値とのズレに神経質になってはいけない」と述べたが、もちろん実際にフェルミ推定を仕事で応用するときには、概算値の精度が求められる。したがって、「手持ちの情報」だけでなく様々な資料集めや調査を行なって、仮説や推論のクオリティを上げていくことになる。

そしてそのとき重要になる考え方に、MECE(ミーシー)がある。

2. MECE

MECEは"Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive"の頭文字である。訳すと、「互いに排他的で、かつ、全体として余すところの無い」となる。平たく言えば、「ダブり無く、漏れ無く」である。

具体的には、例えばスカウトを「ビーバー」・「カブ」・「ボーイ」・「ベンチャー」・「ローバー」に分けるのがMECEである。「カブとボーイを兼任しているスカウト」などいないので、ダブりはない。また、(スカウトソング「永遠のスカウト」にあるように、一度誓いを立てたら死ぬまで,いや死んだ後もスカウトということだから、リーダーその他もスカウトだとも言えるが、それは置くとして)ボーイスカウトに所属する青少年(世田谷第五団は男しか入れない)はこのどれかに必ず属するから、漏れも無い(もちろん、ガールスカウトなどは除く)。

やたら括弧()の多い文章になってしまったが,この括弧()の多さ自体が、考えにダブりや漏れがないか配慮するMECE的態度そのものを示している。

先の電柱の問題でも、実は仮説の立て方にMECE的方法がとられていた。日本を都市部と農村部・山間部(=都市部以外)に分けて、それぞれ面積を日本全体の5%および95%と仮定したのがそれだ.

都市部と都市部以外だから「互いに排他的」なのは当然だし,面積の比率を足すと100%になるから「全体として余すところが無い」と言える。

以上のフェルミ推定やMECEの考え方は、コンサルにおいて大変重要視されている。マーケットリサーチにおいて、様々な状況をMECEとなるようセグメント分けし、MECEな仮説を立て、そこから出発してフェルミ推定を積み重ねていくのだ。

説明が長くなった。

それではいよいよ、冒頭の「様々なスカウト活動を通して培った思考プロセスが役に立った」とはどういうことかを話そう。

それはつまり、スカウト活動の中にフェルミ推定やMECEが潜んでいる、ということだ。

3. 計測とフェルミ推定

スカウトハンドブックの中には、木の高さを計測器を使わずに測るという問題がある。ボーイ隊以上のスカウトであれば、対象の木が作る影の長さ、地面に垂直に立てた枝などの影の長さと枝自体の長さ、そして計算方法(推論方法)としての三角法を使えば良いことを知っているだろう。

今はもうその方法を知っているから当たり前に感じるかもしれないが、最初は相当頭を悩ませたのではないだろうか。

そしてよくよく考えると、これは前述したフェルミ推定の思考法に似ている。つまり、手持ちのツールや情報だけを使って仮説を立て、それを論理的に(演繹的に)展開して答えを出すのである。

木の高さ計測はフェルミ推定の例としては精度が良すぎると思うのであれば,例えばキャンプの食材買い出しはどうだろう.

班キャンプでは、1日分とか2日分の班の食材を買うことがある。そのとき班長は、様々な食材をそれぞれどの程度買えば良いか、ある程度の精度で推定しなければならない。

班員Aは大食い。班員Bはまだ小学生で小食。班員Cはアレルギーで食材Dが食べられない。食材Eは日持ちしない。2日目は山登りするので、その夜は皆たくさん食べるに違いない。予算上限はF円。

こういった様々な情報や仮説を組み合わせ、推論を重ねてなにをどれだけ買うか決める。冷蔵庫で保管するわけにもいかず、班員の数も6人などとなってくると、食材量の推定はなかなか重要なスキルであることが分かるだろう。

4. 「そなえよつねに」とMECE

 ハイキングなどのある程度リスクの高いスカウト活動を計画するときは、事前の安全確保が重要である。

コースのどこに危険があるか。参加スカウトの体力その他の身体的条件はどうであるか。雨が降ったらどうするか。どんな危険な野生動物がいるか。動物とは別に危険な植物は生えていないか。最寄りの病院はどこか。救急箱の準備は出来てるか。

班ハイクの計画書を作成するとき、様々なシチュエーションを少なくとも漏れなく想定することが大切である。その上で、ダブりなく想定事態を整理できればさらに効果的な準備が出来るかもしれない。つまりMECEである。

2019年さくら1月号多摩湖サイクリング感想では、「安全第一」が問題となっていた。それに乗っかれば、「安全第一とは、MECEなリスク把握が出来ていることだ」と言えるかもしれない。そしてそれは「そなえよつねに」ということでもある。

ボーイスカウトのモットーである「そなえよつねに」にはMECEが潜んでいる。あるいは「MECEな準備こそが,そなえよつねにの意味である」と私は考える。  つまり、「そなえよつねに」はコンサルの心構えとしても有効なのだ。

* * *

フェルミ推定やMECEといった思考法は、スカウト活動やコンサルティング業務に限らず様々な分野において有効である。そして、これらの思考法は、当人の心構え次第ではスカウト活動を通して十分に身に付けることができる。

以上のことは私の実感だが、実はB-Pが『Scouting for Boys』の中で書いていることでもある。

もちろん、B-Pの時代にはフェルミ推定やMECEといった言葉は無い(「フェルミ推定」の由来であるイタリア人物理学者のエンリコ・フェルミは、『Scouting for Boys』出版時、まだ6歳である)。しかし、2017年さくら3月号B-Pとシャーロック・ホームズ,そしてアインシュタイン ―観察と推論―で紹介されているように、B-Pは「観察」と「推論」をスカウトが身につけるべきスキルとして重要視した。これはそれぞれMECEとフェルミ推定に対応すると言って良い。

あるいはこう言っても良いかもしれない。スカウトも探偵も科学者も、観察と推論を得意とする点で同じであるならば、MECEとフェルミ推定を使いこなすコンサルもまた、観察と推論のプロフェッショナルという意味で彼らと同じである。

さらに大胆に言おう。

「B-Pはスカウトであり、探偵であり、科学者である。と同時に、コンサルでもあった」

スカウトの皆には、様々なスカウト活動のとき、なんとなく行動するのではなく、なぜその行動をするのかしっかり考える癖をつけてほしい。そうしていれば、もしかしたら将来コンサルになったとき役立つかもしれない。

ローバー隊 日笠裕貴