Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Scout's Essays

Jun. 2020:浪人とローバースカウト

自身がそれまでに得た体験や知識、技術を基に、「社会や世界の課題」に挑戦します。また、他の人々に「奉仕」することで自らの成長に繋げ、自分自身の将来の目標や社会との関わりについて考え、行動していきます。

ボーイスカウト日本連盟HP:ローバースカウトの項より引用)

ボーイスカウト日本連盟のホームページでは,ローバースカウトをこのように説明しています。僕はこの1年間浪人生活をおくっていましたが,以上のように説明されるローバースカウト活動に対し浪人の経験がどのように役立ちうるのか,考えたことを今回のさくらの原稿にします。

1. 自身がそれまでに得た体験や知識、技術を基に、「社会や世界の課題」に挑戦すること

受験勉強をやり直すにあたって,現役時代の反省を生かし,各教科の基礎事項を徹底的に復習しました。基礎というのは「土台」という意味であって,必ずしも「簡単」を意味するわけではない。それに気付けたのは大きかったです。基礎をしっかり追求したことで暗記による勉強を脱し,自ら考えることが出来るようになったのです。また,基礎に目を向けたことで学ぶことの楽しさを知ることも出来ました。感覚が麻痺しただけかもしれませんが。

基礎をしっかり確立し,それを基に自分の頭で考えるようになれてはじめて,幅広い応用問題を解くことが可能になります。浪人生活のこの経験は,「自身がそれまでに得た体験や知識、技術」という基礎を使って「社会や世界の課題」という応用問題を解くことと,ある種「相似形」を成しているのではないでしょうか。

2. 他の人々に「奉仕」することで自らの成長に繋げること

講義の疑問点は,通常講師の方々に質問します。しかし彼らが不在のときは,予備校の友人と時間を決めてともに考えたり,互いに教えあったりしました。多くのばあい講師の方々の説明の方がスマートなのですが,不思議なことに友人と協力して泥臭く問題を解きほぐす方が,自身の理解がより深まることもしばしばありました。

このような教える/教えられるという互助の関係は,おそらく「奉仕」の根本にある精神ではないでしょうか? 友人に問題を教えてあげていたつもりが,むしろ自分の頭の中の整理に役立っていた。それは,(本来の意味での)「情けは人の為ならず」であって,「他の人々に『奉仕』することで自らの成長に繋げ」ることの1つの実践だったと思うのです。

3. 自分自身の将来の目標や社会との関わりについて考え、行動すること

1年間の浪人生活の末,無事に志望校に合格することが出来ました。しかし正直まだ,明確な「将来の目標」はありません。ただ大学では,浪人生活で特に興味を持った学問である物理と数学に力をいれようと思っています。

物理や数学は,現代社会を営むために必要な多くの基礎(それこそ土台)を提供してくれる学問であると思います。僕がこれらを学びたいと思ったのは個人的興味からですが,その学びが最終的に「社会との関わり」を獲得し,「自分自身の将来の目標」に繋がると思っています。エゴは自身の為ならず,です。

* * *

現時点では,社会云々以前に自分がどういう人間なのかも把握できていません。ですからまずはせっかく苦労して入った大学で目の前の学問に全力で取り組み,ほどほどに(?)遊びたいと思っています。

抽象的で壮大なことをひとりでただ考えていても,何も始まりません。新型コロナウイルスのおかげで時間はやたらとありますので,とりあえず本を沢山読もうと思っています。

ローバー隊 日色駿介

添削パート

*今回,ローバースカウトの日色君に書いてもらった文章の添削前(↓)と添削後(↑)を同時に掲載します。2020年さくら5月号蛇足で述べた「推敲」の実例として見比べてもらえればと思います。

*最後に解説も付けておきます。

浪人とローバースカウト(before)

①自身がそれまでに得た体験や知識、技術を基に、「社会や世界の課題」に挑戦します。また、他の人々に「奉仕」することで自らの成長に繋げ、自分自身の将来の目標や社会との関わりについて考え、行動していきます。(http://www.scout.or.jp/rs/より引用)

日本ボーイスカウト連盟のホームページにはローバー隊がこう定義されています。この一年間、僕は浪人生活をおくっていましたが、ローバースカウトと浪人生活の共通点はなんだろうか?

②まず、もう一度受験勉強をするにあたって、現役時代の反省を生かして基礎的な事に対する徹底的な追及をしました。基礎というのは簡単とは同義でないということに気づけたのは大きかったと思います。そして、感覚が麻痺しただけかもしれませんが学ぶことの楽しさを知り、自ら考えることができるようになりました。また、講義での疑問点は通常講師の方々に質問に伺いますが、不在のときは予備校の友人と時間を決めてともに考えたり、どちらか一方が理解をしているときは教えあったりしました。これによって自身の理解を深めることができました。

③次に、大学では特に興味を持った学問である物理と数学に力をいれようと思っていますが、今はまだ明確な将来の目標がなく、じぶんがどういう人間なのかもいまいち把握できていないけれど、学び、常に自分を、そして将来を考えて過ごしてみようと思います。とりあえず本読みます。

浪人とローバースカウト,添削解説

今回の2020年さくら6月号の原稿をローバースカウトの日色君に書いて貰う中で,文章添削・文章トレーニングについてLINE上でやり取りしました(ローバー隊では,原稿を書いてもらったときはいつもこのようなやり取りをしています)。その内容を,さくら用に少し修正して紹介します。

1. 添削(推敲)するときの心構え

日色君の書いてきた文章を元に,「これをスッキリした論理的文章にするためには,どのような『てにをはの選択』や『語順の入れ替え』や『句読点の調整』が必要か」を考えて添削を行いました。

そうやって文章を直そうとすると,「論理的繋がりのためにはこの1文の追加がどうしても必要」というところが沢山出てきます。「暗記による勉強を脱し」などがその例です。

これは「内容を新たに付け加えている」とも言えますが,どちらかと言えば「AならばB,BならばC,したがってAならばC」という三段論法の「BならばC」が抜けていたところに,あるべき文章を補う作業です。

別の言い方をすれば,数学の証明問題に出てくる式変形で,抜けていた重要な途中式を補うような感覚でもあります。つまり,添削に際して新しい文章を感情的・文学的に産み出したのではなく,そこに必然的に入るはずの文章を機械的・数学的に挿入しただけなのです。

そしてここからがポイントですが,この機械的・数学的な添削,つまり必然的な添削によって単に論理を整理・補間しただけのつもりであっても,実際には文全体から発せられるメッセージが内容的に深くなっているように感じられるはずです(日色君はLINE上でのやり取りの中で,その印象の変化を「濃いものになる」と表現しました)。

これを私はよく,「内容を頭の中で考えてからそれを紙に写しとるのではなく,見方を変えて『文章を書いて整形していく過程で,内容がワサワサと練り上がっていく』という感覚で書く」と表現して説明します。この感覚を掴む経験が大事です。大雑把に書く内容を決めると,それを「きっちりした文章」に整えていく過程で「自動的に」内容も形を持っていく。そうして「あぁ,俺はこういうことを考えていたんだ」と気づくような経験です。

これを「紙の上で考える」と言っても良いでしょう。

内容がラフに決まれば,それを表現する「正解の文章」が自然法則のようにこの世にあらかじめ存在する。そしてそれを論理(ロジック)などの執筆テクニックを道具として使って「発掘」するような感覚で書くこと。『考える人』で有名な彫刻家ロダンの言葉:「芸術作品はすでに大理石の塊の中にある。わたしはただ必要のないものを切り落とすだけなのです」にも似ています。

もちろん文章を書く行為は本当はそのようなものではありません。あくまで文章トレーニングの最初の段階として,そのような感覚で書く(彫り出す)ということです。とは言え,このような感覚で書くことは,どれだけ文章が上達しても,常に一定の有効性を持っていると思います。それこそロダンのように。

物理や数学を学んでいれば,この世界の自然の中に元々「宿っていた」数式なり理論なりを「発掘」する感覚が分かるのではないかと思います。例えばニュートン力学はニュートンが発明したのではありません。自然の中に元々宿っていた理論をニュートンが「発掘」したに過ぎないのです。

ということで,物理や数学の授業で「発掘の方法」としての様々な計算テクニックや定理を学ぶのと同じようにして,あるいは彫刻刀の使い方を学ぶのと同じようにして,あるべき「正解の文章」を「発掘」するテクニックを学ぶ必要があります。繰り返しますが,文章を書く行為の本質は「正解の発掘」ではありません。そのことをわきまえつつ,しかし「発掘の方法」を習得するという二重性を心構えとして持つことが大事です。そのためには,先月のさくら2020年さくら5月号蛇足でも紹介した『理科系の作文技術』を(理系/文系問わず)お薦めします。

また,今回は論理(ロジック)を中心的に扱いましたが,それとは別に修辞(レトリック)のテクニックもあります。先月号のさくらで私が「文学的効果」と呼んだものです。

さらに,日色君の様々な人生経験を元ネタにして文章の内容(コンテンツ)を用意するのが,当然ながら文章を書く上で最も大切です。コンテンツをできるだけ楽に「ネタ出し」する方法も色々あります。例えば,普段からメモを取る癖をつける。それも「アウトライナー」と呼ばれるアプリを活用する,というのがあります(お笑い芸人のネタ帳に似ていますね)。それらの進んだテクニックについては,これも2020年さくら5月号蛇足で紹介した「千葉雅也 文章」でのGoogle検索をお薦めします。

しかし,初心者が文章トレーニングを始める時は,多くの場合「ロジック」から始めるのがいいと思います。下手にそれらしくしようとして「レトリック」に走ったり,素晴らしい内容にしようとして「コンテンツ」に頭を悩ませたりするのは,最初の文章トレーニングとしてはやめておいた方がいいでしょう。もちろん人によって最適なトレーニング法は違いますが,まずは「計算ドリル」と「彫刻刀の使い方」から始めた方が良い場合がほとんどであり,そして文章執筆の場合はそれこそが楽しいのですから。

2. 具体的な添削意図

before: ①自身がそれまでに得た体験や知識、技術を基に、「社会や世界の課題」に挑戦します。また、他の人々に「奉仕」することで自らの成長に繋げ、自分自身の将来の目標や社会との関わりについて考え、行動していきます。(http://www.scout.or.jp/rs/より引用)

after: *左右にスペースを入れて中央揃えした。

意図: 引用文は,左右にスペースを空けたり文字を斜体にしたりすることで,「引用文」であることを明示する。

before: 日本ボーイスカウト連盟のホームページにはローバー隊がこう定義されています。この一年間、僕は浪人生活をおくっていましたが、ローバースカウトと浪人生活の共通点はなんだろうか?

after: ボーイスカウト日本連盟のホームページでは,ローバースカウトをこのように説明しています。僕はこの1年間浪人生活をおくっていましたが,以上のように説明されるローバースカウト活動に対し浪人の経験がどのように役立ちうるのか,考えたことを今回のさくらの原稿にします。

意図: 「日本ボーイスカウト連盟」は「ボーイスカウト日本連盟」が正式名称なので修正した。

日本連盟のホームページの文章は「定義」ではなく「説明」なので修正した。

「ローバースカウトと浪人生活の共通点はなんだろうか?」が唐突なので,説明を追加した。また語尾の「なんだろうか?」は,それまで語尾が丁寧語だったことに対してやはり唐突感があるので修正した。ただし,語尾は丁寧語なら丁寧語で統一するのが基本だが,一部あえて不統一にぶっきらぼうな語尾を使って効果を出す方法はある。beforeの文章の「なんだろうか?」でもそのような効果が出てはいるので,それを残しつつ唐突感を和らげる修正もありうる。

before: ②まず、もう一度受験勉強をするにあたって、現役時代の反省を生かして基礎的な事に対する徹底的な追及をしました。基礎というのは簡単とは同義でないということに気づけたのは大きかったと思います。そして、感覚が麻痺しただけかもしれませんが学ぶことの楽しさを知り、自ら考えることができるようになりました。

after: 受験勉強をやり直すにあたって,現役時代の反省を生かし,各教科の基礎事項を徹底的に復習しました。基礎というのは「土台」という意味であって,必ずしも「簡単」を意味するわけではない。それに気付けたのは大きかったです。基礎をしっかり追求したことで暗記による勉強を脱し,自ら考えることが出来るようになったのです。また,基礎に目を向けたことで学ぶことの楽しさを知ることも出来ました。感覚が麻痺しただけかもしれませんが。

基礎をしっかり確立し,それを基に自分の頭で考えるようになれてはじめて,幅位広い応用問題を解くことが可能になります。浪人生活のこの経験は,「自身がそれまでに得た体験や知識、技術」という基礎を使って「社会や世界の課題」という応用問題を解くことと,ある種「相似形」を成しているのではないでしょうか。

意図: 「?に対する徹底的な追求をしました」は「追求」が直前に長い形容文を伴った名詞になっていて文章としてぎこちない。「?を徹底的に追求しました」のように動詞にした方が良い。afterではさらに「復習」という具体的な動詞に変更した。

基礎の大事さを知ることと,学ぶことの楽しさを知ることと,自ら考えることができるようになったこと。これら3つの関係が明快でなかったので,「基礎をしっかり追求したことで暗記による勉強を脱し」という文章を補いつつ文章を分割して整理した。また,「感覚が麻痺しただけかもしれませんが」の挿入場所に違和感があったので,倒置法による文学的効果も狙って段落の最後に移動させた。

ここでの勉強についての考察が,この文章全体の問い=浪人とローバーの関係は? にどのようにして繋がるのかが明快でなかったので,冒頭の日本連盟によるローバースカウトの説明文を引用して繋がりを説明する段落を追加した。また「相似形」という言葉を使うことで,数学の勉強とローバースカウトとの繋がりを,内容(コンテンツ)や論理(ロジック)とは別に修辞(レトリック),つまり文学的効果,によって表現した。

before: また、講義での疑問点は通常講師の方々に質問に伺いますが、不在のときは予備校の友人と時間を決めてともに考えたり、どちらか一方が理解をしているときは教えあったりしました。これによって自身の理解を深めることができました。

after: 講義の疑問点は,通常講師の方々に質問します。しかし彼らが不在のときは,予備校の友人と時間を決めてともに考えたり,互いに教えあったりしました。多くのばあい講師の方々の説明の方がスマートなのですが,不思議なことに友人と協力して泥臭く問題を解きほぐす方が,自身の理解がより深まることもしばしばありました。

このような教える・教えられる互助の関係は,おそらく「奉仕」の根本にある精神ではないでしょうか? 友人に問題を教えてあげていたつもりが,むしろ自分の頭の中の整理に役立っていた。それは,(本来の意味での)「情けは人の為ならず」であって,「他の人々に『奉仕』することで自らの成長に繋げ」ることの1つの実践だったのだと思うのです。

意図: 「また、講義での疑問点は(…)教えあったりしました」は1文が長く,文法的に間違いとは言えないもののごちゃごちゃしていたため,2文に分けた。

講師からの説明よりも友人との協力の方が自身の理解を深めることがある,というのは重要な論点であるはずなのに,beforeではそのことの意味が説明されていなかったので,afterではこの後に新たに段落を追加した。また,それに繋がるように「不思議なこと」前後の文章を追加した。

ここでの友人との教え合いのエピソードが,この文章全体の問い=浪人とローバーの関係は? にどのようにして繋がるのかが明快でなかったので,冒頭の日本連盟によるローバースカウトの説明文を引用して繋がりを説明する段落を追加した。また,そのような繋がりを表現するために,「情けは人の為ならず」ということわざを文章上の「糊(のり)」として使った。

before: ③次に、大学では特に興味を持った学問である物理と数学に力をいれようと思っていますが、今はまだ明確な将来の目標がなく、

after: 1年間の浪人生活の末,無事に志望校に合格することが出来ました。しかし正直まだ,明確な「将来の目標」はありません。ただ大学では,浪人生活で特に興味を持った学問である物理と数学に力をいれようと思っています。

物理や数学は,現代社会を営むために必要な多くの基礎(それこそ土台)を提供してくれる学問であると思います。僕がこれらを学びたいと思ったのは個人的興味からですが,その学びが最終的に「社会との関わり」を獲得し,「自分自身の将来の目標」に繋がると思っています。エゴは自身の為ならず,です。

意図: 浪人生活の末どうなったのかを明快に書くことで,文章が終わりに近づいていることを予感させた。

「物理と数学」の登場が唐突なので,afterではこの後に新たに段落を追加した。また,それに繋がるように「合格」→「将来の目標」→「物理と数学」という順に3文を並べた。

ここでの物理と数学の登場が,この文章全体の問い=浪人とローバーの関係は? にどのようにして繋がるのかが明快でなかったので,冒頭の日本連盟によるローバースカウトの説明文を引用して繋がりを説明する段落を追加した。また,「基礎(それこそ土台)」および「エゴは自身の為ならず」という表現を使うことで,前の「勉強についての考察」と「友人との教え合いのエピソード」との繋がりを演出した。これによって,いよいよ文章が全体のまとめに向かっていることを示した。

before: じぶんがどういう人間なのかもいまいち把握できていないけれど、学び、常に自分を、そして将来を考えて過ごしてみようと思います。とりあえず本読みます。

after: 現時点では,社会云々以前に自分がどういう人間なのかも把握できていません。ですからまずはせっかく苦労して入った大学で目の前の学問に全力で取り組み,ほどほどに(?)遊びたいと思っています。

抽象的で壮大なことをひとりでただ考えていても,何も始まりません。新型コロナウイルスのおかげで時間はやたらとありますので,とりあえず本を沢山読もうと思っています。

意図: 「じぶんがどういう人間なのかもいまいち把握できていない」ことがこの文章全体にとってどのように位置付けられるのかが明快でなかったので,「社会云々以前に」を追加するなどして修正した。

真面目な論調なので,「ほどほどに(?)遊びたい」を入れて「隙・余地」を残した。

「基礎(土台)」・「他者との協力」・「物理と数学と社会という具体性」というこの文章の3つのメッセージから,最後の「本を読む」というオチへと繋げるために,「抽象的で壮大なことをひとりでただ考えていても,何も始まりません」を挿入した。つまり,壮大なことを考えるためには基礎(土台)が必要で,ひとりでただ考えるよりも「本という他者」との出会いが必要で,抽象性と具体性との行き来の手段として物理と数学(一般に学問)が必要で,という構造にした。

ここまで一切新型コロナウイルスに触れていなかったので,「新型コロナウイルスのおかげで時間はやたらとありますので」を挿入した。これには最後の「とりあえず本読みます」の唐突感を低減する役目も持たせた。

ローバー隊隊長 渡口要