Rover Crew, 5th Setagaya

Rover Scout's Essays

Nov. 2020:スカウトとして、デザイナーとして

ずっと書くのを引き伸ばしてきた本格的なさくらへの寄稿に、やっと着手できた。なかなか手がつかなかったのは、自身の忙しさを別にして、理由がある。

まず、スカウトである自分にとって、さくらがどのようなものかを話そう。

私は7歳のとき5団に入団した。そんな私にとって、さくらは最初からとても面白い読み物だった。100文字にも満たない自分の文章が、何枚にもわたるキラキラした(当時の自分には本当にそう見えていた)月刊紙の一部に記載される喜び。それに、誌面上で他のスカウトの感想を知ることもできる。

スカウト活動の頻度は2週間に1度ほど。ときにはさらに時間が空いてしまうこともある。他のスカウトと活動の感想を直接言い合う機会は意外と無い。

そこでさくらを読む。すると、他のスカウトも同じ活動をしたはずなのに、自分とまるで違う感想が載っている。これは小学生の自分にとって軽い衝撃であった。今から思えば、とても良い勉強にもなっていたのだと思う。

そんな喜びと驚きをもたらしてくれるさくらは、先月号のさくらで磯田育成会長が書かれていたように、当時は毎月封筒に入れて送られてきていた。

それを開封する時のワクワクを今でも覚えている。

ボーイ隊に上進すると、なぜだろうか感想文の量が自然と増えた。表面的な感想だけでなく、出来事に由来した思想やすこし「大人な」文章が書けるようになっていった。

さくらが発行されると、それを読んだ他のスカウトのお母さんやリーダーから褒められるようになった。これがひそかな快感になっていた自分は、さくら上で「読まれること」を意識して感想文を書くようになった。

それまで読者として楽しんでいたさくらは、いつの間にか自己表現の場にもなっていたのだ。

そして今や、世田谷第5団に所属して16年である。さくらに登場する人は自分がお世話になってきた方々ばかりである。いつの時代の誰の文章を読んでも勉強になるし、人間性が文章に表れていて面白い。

同時に、自分の文章をこれらの方々に面白く感じてもらいたい、という想いも強くなった。

と、ここまで読んでいただければお察しの通り、私のボーイスカウト人生においてさくらは非常に大切である。もちろんそれは自分だけではない。さくらを大切に思う人は5団に沢山いる。

そんな方々の顔が具体的に脳裏に浮かぶが故に、今回のこのリニューアルに、並々ならぬ強い想いと熱意をもって私は臨んだ。

* * *

ここからはデザイナーとして、リニューアルの具体的な話をしよう。

事の始まりは5月下旬に行われた団会議である。そこで「デザイン系だしやってみないか」というニュアンスで、渡口隊長よりお話を受けた(団会議の最中、議論の流れで突然湧いた話だったので、詳しい事はあまり覚えていない)。

それ以前のことはよく知らないが、前任であった畑崎さんが勇退されるので、新たな編集者を探しているということだった。ホームページもリニューアルしたことだし、併せてさくらもリニューアルしたら良いのではないか、ということになった。

自分はプロダクトデザインの勉強から派生して、映像編集やロゴデザインもすこしかじっていた。しかし素人に毛が生えた程度である。強い自信があったわけではないが、作業環境と熱意だけは揃っていた為、この話を引き受けることにした。

まずはコンセプトを「ポップ&カルチャー」とした。

自身のさくらの体験から、絶対に「読んでいて楽しい誌面」にしたかった。また、さくらの大きな魅力は沢山の写真であるから、それに拘りたいとも思っていた。さらに、従来は印刷志向が強かったせいかカラーリングに乏しかったとも感じたので、今やWeb上で読まれるためカラー印刷代を気にしなくてよいことを活かして、思い切りカラフルにしようと決めた。これらは「ポップ」として誌面に表現されている。

他方、過去のさくらから引き継ぐべき「良き伝統」として、上記の写真とは別に、表紙左上に旗をあしらった(団会議にて山田さんにご指摘いただきました。ありがとうございました)。次の世代に伝えるべきさくらのスタイルを「カルチャー」として表現したのだ。

偶然ではあるが、今号の花俣副団委員長の特別寄稿のタイトル:「変えなくてはならないもの、変えてはならないもの」そのものである。

新しいさくらの編集体制では、完成するまでに「用意」と「配置」の2stepの工程が必要である。

1. ロゴや素材等の「用意」について

もっとも大事なデザインとして、さくらのロゴ(表紙上部のタイトル)および各隊のバナーを作る必要があった。とりわけロゴに関しては、過去のさくらを参考にして「平仮名3文字」と「横長であること」を条件に、時間をかけてデザインした。

まず原案となるサムネイルサイズ(親指の爪ほどの大きさ)のアイデアをできるだけたくさん描いた。考えながら描くのではなく、ペンを自由に走らせるのだ。これはプロダクトを考えるときと同じ方法論である。

意識的には思いつかないようなアイデアでも、深く考えずに自由にペンを動かし続けることで生み出すことが出来る。プロダクトデザインを学ぶと、このような「何も考えずに描く」ことが訓練によって出来るようになる。

5秒で1案のペースでどんどん描いていき、20案ほど出来たら見直して、良さそうなものをブラッシュアップする。そうこうする内に、だんだん完成に近づいていくのだ。

続いて写真について。

元々自分は、写真に対して一定のこだわりを持っていた。大学のサークル活動の中で良いカメラを触る機会が多かったし、姉からもらった一眼レフを毎週のように使っていた。撮るのも好きだし、人の撮った写真を評価するのも好きだ。

写真が持つ力や効果の重要性も素人ながらにある程度わかっているつもりだ。だから、さくらに載せる写真も重視して、自らもBS隊活動で積極的に写真を撮るようにした。

日々のBS隊活動の中では、現場でスカウトのすぐ近くにいる者にしか撮れないような写真となるよう意識して、いつもシャッターを切っている。そんなBS隊の写真のクオリティの変化に気づいていただけていれば、たいへん嬉しい。

2. 各隊の写真と感想文の「配置」について

編集作業はマイクロソフトのWordで行っている。表紙を作り、全体の量を確認し、写真を置いていき…と作業していくが、この作業は正直簡単である。というか、我々が簡単に編集できるよう、渡口隊長が準備してくれている。

最後の修正と発行も渡口隊長が行うので、ローバーが実際にする作業はそれほど多くない。

* * *

さて以上で、発行まで漕ぎついた。

しかし果たして、これで自分のねらいがさくらに表現できているだろうか? リニューアル第1号が出来上がり、私は自問した。この自問が、今回のこの執筆が遅れた大きな理由である。

この自問もまた、プロダクトデザインのみならず、他ジャンルのデザインにも共通する重要な「工程」である。

自分がデザインし、時間をかけて完成させたその「もの」は、疑いなく自分にとって良い「もの」だと思いたい。ところが、デザイナーにとって話はそう単純ではない。

自分でデザインしたはずの「もの」が、自分で納得いかない「もの」になることがしばしばある。しかもそれは、たいてい時間が経ってはじめて気付くのである。

作っている最中は「もうこれ以上はできない程いいものが出来た!」と思う。しかし作り終わって数ヶ月後あるいは数年後に見返すと、「いったいなぜこんなものを…」という気持ちになりがちなのだ。

これはきっと「デザイナーあるある」なのだろう。

今回のさくらリニューアルでもこの現象を危惧して、感想を書くのを(そして振り返るのを)少し待った。

幸いなことに、2か月待っても上記現象は訪れていない。今になっても自分としてはそこそこの「もの」が完成したと思えているので、さくらは満足のいくクオリティに仕上がったのだろう。

数年後・数十年後にこのさくらのデザインを見返したとき、自分がどう思うかは当然分からない。それだけ時間がたてば、今とはまた違う感想が浮かぶことだろう。

しかし、今この時点での、スカウトおよびデザイナーとしての自分の想いを書き記すことには、きっと意味がある。

これを読んでくれたあなたも、自分にとってさくらがどんなものであるか、考えてみて欲しい。そして、リニューアルされたさくらをどう思ったか、是非とも私に教えて欲しい。

何年たっても愛されるさくらとなる事を、切に望む。

ローバー隊 神田貴史