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2016年2月14日(日)

月の輪ハイク感想

1602141_月の輪ハイク →この活動のアルバムへ移動

大荒れでした.

暴風雨の中,歩測やロープなどのミッションをクリアしながらのハイキング.距離自体は10キロ弱と短かったものの,上進予定のくまスカウトは面食らったかもしれません.しかし,参加スカウトは班長を中心にして皆頑張っていました.班長が快活に行動していれば,下のスカウトも元気になるものです.正午前には太陽が出て気持ちよく解散できました.

家族でハイキング(ピクニック)をするとき,今回のような天候なら中止するのが普通でしょう.なぜ,ボーイスカウトではこんな天気でもプログラムを実行するのでしょうか?

理由の1つは,単なるレジャーとは違ってボーイスカウト活動は訓練の側面を持っていることです.雨風の中でも行動せざるを得ない場面は,生きていればそれなりにあります.キャンプ中や山登りの下山時のようなアウトドアな状況はもちろんですが,学校や会社での行事や仕事においても「雨宿りしていられない」ことは珍しくないでしょう.苦しい経験は,未来の試練に対する余裕を我々に用意してくれます.

理由の2つめは,こちらの理由の方が大事だと私は思うのですが,大雨強風の中でのハイキングという非日常的経験が我々の連帯(仲間意識)を強化することです.私や私の仲間がボーイ隊のスカウトだったころを想いかえすとき,いつも雨の話をします.

「大雨でテントの真下に川が出来た」

「キャンプ中に雨が降り続いて夜中の3時に避難した」

「自転車で登山していたら突然の夕立でびしょ濡れになった」

などなど,当時苦しかったはずの想い出を皆嬉しそうに話すのです.1年前,2015年のさくら4月号で書いた言葉を再び使えば,雨風はパルタージュの経験の強度を強めるのです.

こういうわけで,強い雨や風の経験は,未来の試練に向けた備えになるとともに,過去の想い出のスパイスになります.過去から未来,そして未来から過去,二重の意味で,我々の人生を豊かにしてくれるのです.これは単なる抽象的な空論ではありません.ボーイスカウト活動を20年以上続けてきた私の実感です.

歩測

ところで,今回のハイキングでは,多摩川で歩測を行いました(雨避けの無い多摩川で歩測ミッションを担当してくれた日笠副長に感謝です).直線距離を直接歩いて測るという基本を練習しましたが,もっと複雑なテクニックもあります.歩数と歩幅をかけて歩いた距離を求めるのが歩測ですが,これと算数の図形の知識を組み合わせると,川幅など直接歩いて測れない距離を求めることが出来るのです.

たとえば三角法というやり方が,ボーイ隊の「教科書」である『スカウトハンドブック』の135ページに載っています.また,これは『スカウトハンドブック』にも載っていませんが,高校で習う三角関数という数学のテクニックを使うと三角測量が出来ます.さらに,大学レベルの数学を使った球面三角法というのもあって,地球が丸いことを考慮した測量が出来ます.

そんな歩測と算数・数学による測量の達人が江戸時代にいました.伊能忠敬(いのうただたか).17年かけて日本の海岸を歩き,歴史上初めて日本の正確な地図(海岸線の形)を明らかにした偉人です.雨の日も風の日も,様々な工夫を凝らして測量を続けた伊能忠敬が第1回目の測量の旅に出発したのは,今から216年前の西暦1800年,なんと55歳のときです.

伊能忠敬は17年にわたる測量の記録を『伊能忠敬測量日記』として残しています.今回のハイキングの翌日2月15日,研究者らで作る伊能忠敬研究会がこの日記を元に,測量隊に協力した1万2000人の人名をホームページ上で公開したというニュースがありました.伊能忠敬e史料館にアクセスすると,現在の市町村別に当時の協力者の人名を検索できます.伊能忠敬没後200年にあたる2018年に,子孫の人たちに感謝状を贈呈したいそうです.

研究会の渡辺一郎名誉代表は「日記をみると測量隊の行く先々では,郷土の名誉をかけて支援しているのがわかる.先祖が江戸の国家事業に参画したという誇りを持っていただきたい」と話しています.伊能忠敬の測量はすでに想い出というよりも歴史ですが,1万2000人のパルタージュを200年の時を超えてこうして再生させる試みに,雨の多摩川での歩測と同じ役割を見ました(やや強引な連想かもしれませんが).

天地明察

ちなみに,伊能忠敬は50歳のとき19歳年下の高橋至時(たかはしよしとき)に弟子入りして,天体観測や測量,暦学を学んでいます.これらの学問の背後には,江戸時代の数学・算数(和算と言います)の水準の高さがあります.高橋至時の次男は渋川家の養子となった渋川景佑(しぶかわかげすけ).江戸幕府によって設置された天体観測および暦学の研究機関である天文方を渋川家は代々勤めており,その初代当主は渋川春海(しぶかわはるみ).冲方丁のベストセラー時代小説『天地明察』の主人公です(この小説は滝田洋二郎監督,V6岡田准一主演で映画化もされています).『天地明察』の中では,天体観測や暦学や測量と和算をめぐる物語が描かれています.本を読んだ人なら,渋川春海ら測量隊のメンバーが1日中歩数を数えながら旅する場面を思い出せるでしょう.歩測と和算を組み合わせて目的地の緯度を予測し,目的地での天体観測で得た緯度の値と比較して答え合わせをするエピソードはとても感動的です.

『天地明察』とはよくできたタイトルで,「天」は宇宙や宇宙を知るための天体観測(天文学)を,「地」は地球や地球を知るための測量を意味しています.他方「明察」は真相や事態をはっきりと見抜くという意味ですが,この本の中では和算の問題の正解に対して与えられる言葉,要はテストの花マルのようなものだと思えば良いです.天の謎と地の謎を和算(算数・数学)が結び付け解き明かすことを意味しています.実際,例えば先に述べた球面三角法は「弧矢割円術」という名前で天文学・暦学の計算にも使われています.天と地が同じ方法で解き明かせるという意味では,アイザック・ニュートンが万有引力の法則と運動方程式を組み合わせて天(宇宙)と地(地上)が同じ法則に従っていることを示したのとシンクロしています.リンゴが木から落ちることと,月が地球の周りをまわっていることは,同じ物理法則と数学で説明されることを示したのがニュートンでした.それ以前には,天と地,宇宙と地球は異なる法則が支配する全く別の世界だと考えられていたのです.アイザック・ニュートンは1642年生まれ,渋川春海は1639年生まれです.

伊能忠敬55歳の旅一番の目的も,実は測量と地図作製ではなく,遠く離れた2地点の距離と緯度を測量と天体観測により求め,その値から「地球の大きさを求める」ことにありました.これが伊能忠敬の夢だったのです.「地球の大きさを求める」方法の基本的なアイデアは,2200年以上前(!)のギリシア人学者エラトステネスが最初に考えました.小学校で学ぶ算数だけで理解できますので是非調べてみてください.

おわりに

やや高度な測量や天体観測,伊能忠敬や渋川春海の話は,雨があまりに強くてハイキングを中止にしたとき雨プロでやろうと思っていたことです.また,今回はやりませんでしたが,天体観測もボーイ隊の重要な課目です(『スカウトハンドブック』の112ページや286ページを読んでみてください).こういった理系(科学)な話とボーイスカウトは一見関係無いように見えますが,例えば「観察」というキーワードにおいて似たところがあると思います.これについては,また別の機会にお話しします.

最近広告で知ったのですが,1959年以降のNASAの宇宙飛行士312人中207人,アポロ計画に参加した宇宙飛行士24人中20人,そして月面を歩いた宇宙飛行士12人中11人がボーイスカウト経験者だそうです.リドリー・スコット監督,マット・デイモン主演で現在公開中の映画『オデッセイ』を観ると,これらの関連性が良く分かると思います(火星でサバイバルする宇宙飛行士の話です.火星に雨は降りませんが,砂嵐はあります).NASAの様々なメンバーが同じミッションをこなしていくことで生まれた連帯や仲間意識が,いかにして素晴らしいチームワークに結実するかが描かれています.

またどこかの機会に,例えば三鷹の国立天文台での天体観測プログラムのときなどに,こういった理系な話をできたらなと思います.

BS隊副長 渡口

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